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登城日 1回目 2001年春 晴 2回目 2010年 3月 4日(木)雨 難易度 ☆ 場所 東京都世田谷区豪徳寺2-14-1 都会の一等地に僅かに残る城址です。 現在は、世田谷城阯公園と豪徳寺の境内になっています。 詳しい地図で見る 【世田谷城の概要】 世田谷城は、吉良氏によって築かれた平山城。 世田谷に本拠を置いた奥州吉良氏が代々居を構えた。 【世田谷城の歴史・沿革】 貞治5年(1366)、吉良治家が世田谷郷を与えられる。 応永年間(1394-1426)頃、居館として整備されたと考えられている。 吉良成高の頃、城郭として修築されたものと考えられている。 天正18年(1590)、吉良氏朝の代に小田原の役により豊臣氏勢に接収されたが、同戦役後廃止された。 戸城改修に石材を利用したという。 【世田谷城の構造】 世田谷城は経堂台地から南に突き出た舌状台地上に占地し、城域の三方を取り囲む様に麓を烏山川が流れ天然の堀を成していた。 開発が進み旧態は詳らかでないが、豪徳寺付近に本丸を置き、現在の世田谷城址公園付近まで城域が拡がっていたものと考えられている。 (wikipediaより)世田谷城へは、東急世田谷線に乗って上町下車が近いです。 城向橋。 烏山川が城を囲むように流れています。 濠の役目をしていたのでしょう。 こちらは城下橋。 猫がかわいい。 城下橋の西側に世田谷城阯公園がある。 土塁と空堀が一部残存しているが、何と工事中だった。 とほほ… こんな風に改修するそうです。 難しくて良く読めなかった。 土塁上は散策路になっている。 空堀を見下ろす。 空堀はさらに続く。 が、フェンスで仕切られて行けない。 東へ廻って見る。 切岸? かと思ったら、宅地開発で削られた痕のようだ。 しかし、反対から見ると土塁が残存。 土塁に沿って東側が削られたのかな? 世田谷城阯公園の西側にある豪徳寺住宅。 団地の中に窪みがある。 堀跡かな? 西側には土塁が残存。 その西側は豪徳寺の参道。 豪徳寺住宅の参道から見ると、豪徳寺住宅の土塁が一層高く見える。 豪徳寺 所在地 世田谷区豪徳寺2-24-7 山号 大渓山 宗派 曹洞宗 本尊 釈迦如来 創建 文明12年(1480) 開基 吉良政忠 山門。
彦根藩井伊家の菩提寺です。 井伊直弼の墓がある。 説明板。 招き猫発祥の地で、境内に招き猫がたくさんあったとか。 ひこにゃんのモデルがあったというが、見落としてしまいました。 (また見に行こっと!) 説明板。 梵鐘。 説明板。 境内にある井伊家墓所。 説明板。 無かった。 丁度、NHK大河ドラマ『龍馬伝』で井伊直弼が出ている頃だったのに… タイミングが悪いなぁ。 こんなお墓だそうです。 それにしても、お墓を工事することなんてあるのだろうか? 世田谷城の構造は全く解りませんでしたが、何となく楽しめました。 また、世田谷城にまつわる悲しい物語につきましては、世田谷城の出城である奥沢城の記事をご覧ください。 (つづく) |
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