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登城日 2010年 3月12日(金)晴 難易度 ☆ 場所 名古屋市中川区前田西町1丁目904番地 最寄駅は近鉄名古屋線伏屋駅です。 近鉄名古屋駅から5つ目ですが、各駅しか停まらない小さな駅です。 駅の東にある前田速念寺 所在地 名古屋市中川区前田西町1丁目904番地 山号 岡部山 宗派 浄土真宗大谷派(もとは天台宗) 本尊 阿弥陀如来 創建 室町時代 開基 不詳(前田氏か) ここが前田城址です。 公爵前田利定筆による「前田利家御遺趾」の記念碑。 前田氏の家紋は梅鉢だったかな? 菅原氏の末裔とは知りませんでした。 何だか解らない碑。 門には、「前田城址 加賀前田氏発祥之地」と書かれていました。 説明板 【前田速念寺の由来】 速念寺は加賀百万石の大守前田利家公寄進になる阿弥陀如来を本尊としている。 ここはもと海東郡前田村と言い、前田城があり、前田氏発祥の地である。 利家公も前田で生まれ、幼少にして前田城の出城、新設の荒子城に移って成長したというのが寺伝である。 前田氏は菅原道真公を祖と仰ぎ、梅鉢の紋を用いる。 前田氏は織田信長に属し、西に蟹江城、東に荒子城、南に一色城、等を支配し、前田城はその中心であった。 前田城は、天正12年長久手の合戦ののち、秀吉方についたため、家康方の攻撃を受け落城、城主前田 与十郎は蟹江で討死。 その子長種は北陸にのがれて利家に仕え、一万石(のちに二万石)を得た。 利家の長女幸(こう)を妻とした。 利家の叔父前田利則は、出家して意休と号し、浄土真宗速念寺初代となり、速念寺は前田氏の鎮魂の寺となった。 境内には、前田家古墳や最後の城主与十郎の墓がある。 また、明治に建立された利家公の記念碑や、中部石川県人会のシンボル碑がある。 平成13年11月 前田速念寺 門の右手にある碑。 何て書いてあるのでしょう? 本堂。 兜をかぶった武将みたいな珍しい形をしていました。 本堂脇にある前田家古墳。 前田与十郎他のお墓がある。 本堂の下にもお墓がありました。 「前田古城趾」石碑 と中部石川県人会の碑。 学校もあったのですね。 裏門。 特に城らしい遺構はありませんでした。 北隣にある圓盛寺 所在地 名古屋市中川区前田西町1丁目902番地 山号 四明山 宗派 浄土真宗大谷派(もとは天台宗) 本尊 不明 創建 平安時代 開基 慈覚大師 |
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