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登城日 2010年 4月17日(土)晴 難易度 ☆ 場所 静岡県富士宮市元城町1-1 富士宮本宮浅間大社の宮司を代々務めていた富士氏の居城です。 大社の東側の高台にありました。 詳しい地図で見る 【大宮城の概要】 大宮城の創築には富士氏によって行われたとされる。 しかし、詳しい築城年は不明である。 富士氏は富士山本宮浅間大社の大宮司を代々務めていた家系で、国人となっている。 この城は当時、甲駿国境の押さえの城としての主要な機能を果たしていた。 桶狭間の戦いにおいて今川義元が戦死したことで、今川氏の大きな衰退が見られ、自領に武田氏が進攻する動きが見られるようになった(駿河侵攻)。 そこで、当時の富士氏の当主であり、大宮城の城主であった富士信忠は今川氏の為に城を守り、穴山梅雪と葛山氏元の連合軍を撃退する事にも成功するなど、対抗勢力としての役割を果たしている。 後に今川氏の没落により北条氏の庇護を受ける事となった。 しかし、武田軍の三度の攻撃を受け、また武田信玄率いる本隊の攻撃により、大宮城は武田氏の手に渡ることとなった。 そして後の武田家滅亡により廃城となった。 (wikipediaより)大宮城の模式図。 (静岡県教育委員会「静岡県の中世城館跡」より) 浅間大社の東側にある「ぷらっと宮」。 移築城門かと思ったら違った。 物見櫓みたい。 東側の高台にある大宮小学校。 ここが大宮城跡です。 大宮小学校を一周してみます。 西北にある城山公民館。 東側にある福石神社。 説明板。 二ノ郭に大宮小学校の校舎が建っています。 この川は堀跡という。 小学校北側の堀跡には蓋がされていました。 ニノ郭に比べ、主郭は一段高くなっています。 主郭はグランドになっています。 主郭の北側はさらに高くなっています。 常識では考えられません。 なぜなら、北側の高台から主郭が丸見えで、高台から攻撃されるからです。 高台の縁に川が流れています。 これが渋沢堀です。 この堀が北側の高台からの攻撃を防いでいたようです。 この堀は崖の縁にそって流れています。 人工的な感じがしました。 大宮城の北側の高台に鎮座する城山富士浅間神社。 東へ進む。 御神幸道三丁目の碑。 説明板。 大宮城の鬼門にある万松院。 所在地 静岡県富士宮市元城町13-23 山号 亀鶴山 宗派 曹洞宗 本尊 薬師如来 創建 伝・嘉禎元年(1235) 開基 神田長者(大宮宮司か?) 本堂。 薬師堂。 『おててのしわとしわをあわせて、しあわせ。なぁ〜むぅ〜』 こりゃなんじゃ? 庭に鶴が… と思ったら造り物でした。 この万松院の南側は「字御殿地」という。 また、郎党の屋敷があったという。 城の南側を通る甲州街道(中道往還)。 「大宮城通り」と名付けられています。 この名が唯一ここに大宮城があったことを示す。 ちなみに主郭東側の道は「桜小路」と名付けられています。 二ノ郭に建つ大宮小学校。 その南側に鎮座する神田蔵屋敷稲荷神社。 由緒。 大宮城内の蔵屋敷に祭られたものという。 ここが大手虎口の名残のようだ。 神社の西に長屋門が… 東海道新幹線新富士駅南口付近にあった川成島陣屋の移築城門という。 そんな陣屋知らなかったです。 今はレストランの門になっています。 大宮城を後にしました。 そこそこ夢中になってしまい。肝心の富士宮やきそばを食べる時間が少なくなってしまいました。 こんな城跡でも楽しめるようになったとは… 100名城スタンプラリーをする前では考えられなかったことです。 |
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2010年04月24日
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