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場所 静岡県島田市宝来町 【蓬莱橋の歴史】 1869(明治2)年7月、最後の将軍徳川慶喜を護衛してきた幕臣達が大井川右岸にある牧之原を開拓し、お茶を作り始めた。 当初は大変厳しい環境の中て、筆舌にはつくせない苦労の連続だったが、そのかいがあって順調に茶栽培が営まれ、生活が安定するに従って、島田の方へ生活用品や食料品を買いに出かけるようになってきた。また、島田の方からも初倉に山林、原野の開墾のため出かけるようになったが、大井川を小舟で渡らなければならず、大変危険なことだった。 そこで、厚田宿の開墾人総代達は、時の静岡県令(現在の知事)に橋をかける願いを出し許可され、1879(明治12)年1月13日に完成した。 しかし、木橋のため大井川の増水のたびに被害を受けてきたので1965(昭和40)年4月にコンクリートの橋脚に変え、今日の姿となった。 現在の蓬莱橋は、全長897m(平成9年12月ギネス認定「世界一長い木造歩道橋」)、通行幅2.4mであり、大井川の自然と一体となった木橋として全国的にも有名な観光名所となっている。 (現地説明板より) 蓬莱橋はJR島田駅から約20分くらい歩いたところにあります。 長〜い木造の橋です。 世界一長い木造歩道橋としてギネス認定されています。 全長897mを徒歩で渡るので、先にトイレに行きましょう! よっといれ(笑) さぁー渡るぞ! ちょっと待った! この橋は有料です。 渡る前に料金所で100円払います。 (料金所は18時で閉まってしまいます。) 対岸がはるか遠くに見えます。 本当に長いです。 橋から東を見る。 島田大橋が見えます。 橋から西を見る。 大井川は大きな川ですね。 遠くに諏訪原城が見えました。 5分ちょっとでど真ん中に到着。 ど真ん中から今来た橋を振り返る。 ど真ん中から先を見る。 一部補修の跡が見られました。 下には丸太が転がっていました。 ようやく対岸が見えてきました。 10分くらいで渡り切りました。 対岸の案内図。 説明板。 蓬莱の意味。 蓬莱の島台??? 対岸から見た蓬莱橋。 無病息災、長寿を願いまた渡ります。 何だか良く解らないので急いで帰ります。 18時を過ぎると帰れなくなってしまう… 18時に間に合いました。 往復で100円でした。 蓬莱橋を下から見る。 真下から。 横から。 木造なのにこんな長い橋が維持されているのは凄いです。 (おまけ) 大井川の治水。 大変な事業だったんですね。 東海道五十三次の宿場町の碑と説明板です。 ちょっと歩いて見ましたがすぐに疲れてしまいました。 200m×53=10.6km 石碑に釣られて走り出したら大変です。 |
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盛岡じゃじゃ麺は、岩手県盛岡市でわんこそば、冷麺と並んで「盛岡三大麺」と称される麺料理の一つです。 その発祥の店と云われるのが、盛岡城内にある白龍です。 盛岡へ来たのは3回目でしたが、今日もやっぱり大行列でした。 諦めて、カワトク百貨店の地下にある支店へ行きました。 こちらは空いていました。 じゃじゃ麺の普通盛りを注文。 店内のビデオで食べ方を解説していました。 一口食べてからビデオの通りにやってみました。 1.好みで酢、にんにく、ラー油を入れます。 2.良くかき混ぜます。 食べて見ると… あ”〜 味が変になってしまった 入れる分量が悪かったようです。 調整しようとして調味料を足すと収拾がつかなくなってしまいました。 諦めて黙って食べました(涙) 最後の一口くらい残して、
「鶏蛋湯(チータンタン)をお願いしまーす!」 と云い、器を渡すと、スープを入れてくれます。 また、ビデオを参考に、少し塩とコショウで味を調えます。 今度は慎重にやったつもりなのですが、コショウが多めに入ってしまい、また味が変になってしまいました。 結局、良く解らなかったです。 大船軒の肉味噌うどんとは味が大分違うことは解りました。 残念でしたが、お腹は一杯になりました。 |
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自笑亭
評価 ☆ ホーム下、階段の脇にあります。
店の半分が在来線顧客用、もう半分が新幹線顧客用となっています。 かなり辛そうな醤油のニオイが漂っています。 出汁がかなり濃い色をしています。 (ちょっと七味をかけすぎました。) やっぱり塩辛いです。 ここは苦手です。 普段はお腹が空いていてもここで食べるのは我慢して、豊橋駅の壺屋まで行きます。 |
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