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(もどる) 伯耆丸を二の丸から見る。
伯耆丸の様子。 ここには、有馬伯耆屋敷があった。 伯耆丸に咲くサルスベリ。 伯耆丸から本丸を見る。(前回もの) 10年前は、本丸西側の絶壁に石垣を積んでいる最中だった。 10年後の様子。 石垣がきれいに積まれている。 上部を削り取られてしまった二の丸が元通りの高さになれば、本丸だけ浮いたような城にならないのですが… 伯耆丸の南西側には内記丸(西の丸)があった。 今は、北側に福知山市勤労青少年ホームが建つ。 ここには岡野源右ヱ門屋敷が建っていた。 広い曲輪だったようだ。 しかし、南側半分は鉄道敷設の為、削り取られてしまっています。 内記稲荷神社。 この前あたりに樽水口があった。 そして、線路の南側、西田記念会館の手前辺りに西の丸櫓が聳えていた。 ここから先は城外。 深い堀を挟んで南側の岡ノ段には足軽屋敷が建ち並んでいた。 似たような地名が残る。 岡ノ段の東側、今の西山ストア倉庫辺りに、朝暉神社と能舞台があった。 朝暉神社は本丸に遷座している。 朝暉神社は朽木氏が勧請した。 能舞台は近くの一宮神社に移築現存している。 (見落としました。) 西山ストア倉庫を北へ進む。 福知山線の高架を過ぎた所の十字路の駐車場。 段差は堀跡の名残かな。 京都北都信金辺りに清水口門があった。 ここから城内に戻る。 信金の裏辺りの水路。 堀跡の名残という。 北に行き、山陰本線の高架の南側に築山があり、 その東側の福知山重工業の建つ辺りに御泉水があった。 この辺りは庭園だったようだ。 今の様子からは全く想像出来ません。 法川に架かる欄干橋。 欄干門があった。 また本丸付近へ戻って来ました。 (この日は暑かったです。) 本丸の北へ向かいます。 法川に架かる京口橋。 元はもっと北側にあったが、河川改修でこの地に移設された。 元々松並木の京街道や京口橋のあったところは、法川排水機場になってしまい、すっかり景観が変わってしまった。 画面左側は明智藪。 明智光秀が河川改修の為に築いた大堤防と云う。 画面正面からこちらに向かって松並木の京街道が伸びてきて、手前に京口橋があった。 法川排水機場の西側辺りに佐門丸櫓が建っていた。 京口門跡。 説明板。 今後、このような説明板が各所に設置され解りやすくなるだろう。 二の丸奥の伯耆丸から内記丸を通って、左奥城外の岡ノ段を経由し、清水門から城内に戻り左側の庭園を経由し、欄干門を出て、手前の堀(現在は、法川以外は埋め立てられている)を右へ進んで京口門まで散策しました。 最後に城下を散策します。 (つづく) |
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2010年10月28日
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