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所在地 京都市下京区堀川通花屋町下ル JR京都駅の北側には、東西本願寺の門前町が広がっています。 新たなにぎわいを創り出そうと、京都市が推進する『下京門前町ルネッサンス』事業の一環として、10月31日に西本願寺の国宝「飛雲閣」が特別公開されました。 西本願寺へは、JR京都駅から市バス9、28、75系統に乗り、西本願寺前で下車。 詳しい地図で見る 御影堂門から入る。 改めて無料だと驚く。 大銀杏。 説明板。 正面は御影堂。 国の重要文化財。 奥の阿弥陀堂も国の重要文化財。 大きな建物ですね。 御影堂の南側に建つ、国宝唐門。 伏見城の遺構と云う。 唐門付近に滴翠園への入り口がある。 残念ながら、ここから撮影禁止。 さらに残念なことに、飛雲閣の中へ入れないばかりか、前日の台風の影響でふすまはすべて板で塞がれてしまっていた。 外から執念で一枚。 年に2回程度、不定期で公開しているようです。 いつの日か、ゆっくり見てみたいものです。 (おまけ) 西本願寺門前町。 ここら辺の店先に置かれたスタンプを10個集めると素敵なプレゼントがもらえるとのことで、たくさんの観光客が集めていました。 そして、集めて貰ったのがこれ。 なんだよぅ。 しかし、もっとスゴイものを発見しました。 堀川通を挟んで建つ総門。 その脇の薫玉堂。 店先に建つ説明の碑。 良く読むと、
【薫玉堂】 元祖は中村五郎重則と言い、赤松正(政)則の家臣たり、蓮如上人に帰依し浄土真宗に改宗す。 天文元年四世八重成に至り本願寺の家士となり、天正の合戦に御真影様を背負って野原に御立退きするに依り同寺より負野(おうの)姓を拝受す。 五世理右ヱ門照成、紀州鷺の森より御供致し京都に登る。 文禄三年(1594)現今の地に於いて薬種商を始める。 以後本願寺御香調進所となる。 二十一代 小佐ヱ門 記 立派な店内。 西本願寺の建つ堀川七条と云えば、室町時代初期に赤松家の屋敷があった所。 赤松円心の長男である赤松家二代赤松範資は、急死したため弟の則祐が惣領を継いだが、範資の子は赤松七条家となり、その後赤松政則の養子となって惣領家に返り咲いた。 赤松七条家の家系は、江戸時代には上総下湯江に陣屋を置き旗本赤松家として存続し、その一族は大名である久留米藩有馬家を継いだ。 縁を感じました。 |
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2010年11月04日
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