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所在地 東京都品川区東五反田4-7-21 山号 正福山 宗派 曹洞宗 本尊 釈迦牟尼仏 創建 承応2年(1653) 開基 赤松義利(氏置)室 JR山手線五反田駅から見た桜田通り相生坂を見る。 また、中原街道でもあり国道1号線でもある。 地下には都営浅草線が走っている。 坂の途中にビルに挟まれた豪邸?がある。 実は、了真寺という寺院。 入り口右側の石碑は、「曹洞宗了真禅寺」 左側の石碑は、「猿町帝釋天安置」 石碑の側面に由緒が書いてありました。 【當山帝釋天ト猿町ノ起源】 此地往昔東海道ノ要路二當リ、南北朝ノ頃、新田義貞公西上ノ折リ、武運長久ヲ祈ランガ為、此地二庵ヲ創シテ、智證大師御作帝釋天ヲ奉安シリ、然ルニ帝釋天即庚申神ノ信仰ヨリ何時ノ程ヨリカ庚申様ト呼ビ習ハスニ至リ、又是ヨリ地ヲ申町ト云ヒ、後ニ猿町ト改メラレ、又既※※テ慶安ノ初メ※赤松義利公ノ室長安院殿月窓了真大姉、江戸参勤途次偶々此地二憩ヒ、亡夫義利公追善ノ為ノ禅利建立ノ庵主約シ直チニ工ヲ起シテ承應三年二月新殿落成ヲ見タレバ、名ヅケテ正福山了真寺ト号シ、釈迦牟尼佛ヲ奉安シテ本尊トナシ、帝釋天ヲ護伽※神ニ祭リ、寺門愈々昌ヘテ今日ニ至ルト云爾※。 (※のところはよく解らなかった。) 入って見る。 と、言っても普通の豪邸のよう。 入り口がガラス張りになっていて、中に寺の施設があるようでしたが、とても気軽に入れるような感じでは無かった。 (正月なのに初詣に来る人などいなかった。) 石碑の説明によると、慶安の初め(1648年頃)に旗本赤松義利(氏置)の妻である長安院が、参勤交代の途上で夫を弔う為にこの地に建立。 承応3年(1654)完成した。 しかし、赤松氏置は慶長17年(1612)に39歳で亡くなり、千葉県君津市にある最勝福寺に葬られたと云う。 君津市史では、赤松氏置の子氏照が了真寺を開基したと書いてありました。 長安院が子の氏照に建てさせたのだろうか。 |
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