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(もどる) 国道354号線の側道。
窪んでいる。 この辺りは百間堀だった。 錦町付近。 この辺りは観音寺曲輪だった。 観音寺曲輪のかつての様子。 観音寺曲輪の北東部分に追手門があった。 今の追手門跡の様子。 追手門跡の碑が建つ。 説明板。 周辺はちょっと高い。 北西隅に土塁が残る。 土塁上に頼政神社が鎮座。 説明板。 頼政神社は立崎曲輪にあったが、河川改修で水没したため現在地へ移された。 頼政とは、あの源三位頼政のこと。 治承4年(1180)の以仁王の挙兵において、源頼政が平氏に敗れて自害した後、従者が頼政の首を笈にいれて持ち帰ったところ、下総国葛飾郡古河の立崎(龍崎)で笈が急に岩のように重くなったため、塚をもうけて祀ったとされる。 詳しいことは宮司家へ。 境内に古河城の縄張図が掲示されています。 この縄張図は歴博でもらえます。 模型で見る。 土塁の内側には古河藩作事役所があった。 土塁は少し南に続いています。 土塁を別角度から見る。 渡良瀬川に面して船渡門があった。 船渡門跡の碑。 三国橋。 橋の袂から出城方面を見る。 こんもりとした森は獅子ヶ崎。 手前に丸の内の北に位置する桜門があった。 桜門跡付近。 碑が建つ。 桜門の東に獅子ヶ崎の森が見えた。 桜門跡付近の窪地は堀跡かな。 丸の内のかつての様子。 現在は丸の内を国道354号線が斜めに横切っている。 その国道354号線を南下。 古河渡良瀬処理場付近に三の丸があった。 三の丸から本丸、二の丸へ。 本丸の東側付近。 模型ではした堀と呼ばれる大きな堀のところ。 本丸は土手。 グランドの手前辺りに御三階櫓が建っていた。 グランドの西部分に二の丸があった。 かつての御三階櫓。 桜町に建つ現代の古河城御三階櫓(笑) 本丸の南に城米蔵、頼政曲輪、立崎曲輪があったが、すべて河川敷に。 この辺りは利根川から3km。 模型で見る。 別角度。 南から見る。 これだけの城が河川改修により大半が水没してしまったとは。 水害と水運の為ですのでしょうがないのですが、何とも残念です。 |
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2011年09月23日
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