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登城日 2011年 8月21日(日)曇 難易度 ☆ 場所 大阪市西区新町4丁目 【博労淵砦】 古図に見ゆる伯楽島及び博労淵は、木津川に沿へる舊上博労町及び之に南接せる同下博労町の地なるべし、博労淵は一に伯楽淵に作り、伯楽島は斜に江の子島に對せり。 慶長19年冬の役には、大坂方なる薄田兼相は此の博労淵の堤上に井楼を築き、兵700を以って之を守り、要害堅固の所なりしが、11月29日の黎明、東軍蜂須賀の将中村全勝及び森甚五兵衛は、水陸に分れて之が攻撃を開始せるに、兼相は険を恃み懈りて外に在りしかば、戌兵苦戦すれども力及ばずして遂に砦を棄て ゝ敗走せり。 兼相は前夜町家に出て遊女を相手に酒宴して耽醉し、翌朝に及び此の報を聞きて漸く馳せ来りしも、時已に後れて戌兵の落去後なりしかば、已むなく大坂城に入りしが、其の要害堅固の砦をかくも敢えなく敵に乗取られしを以て、城中の誹謗する所なれりといふ。 (大阪府全志より) 最寄駅は大阪市営地下鉄西長堀駅です。 駅を出た所は鰹座橋交差点。 土佐藩蔵屋敷があったことに由来。 長堀通の南に蔵屋敷に鎮座していた土佐稲荷神社がある。 三菱のスリーダイヤだらけの社殿。 ここは「三菱発祥の地」と云う。 この土佐稲荷神社の西、木津川に架かる伯楽橋。 伯楽橋付近に、伝説の島「伯楽島」があったことに由来。 伯楽橋から木津川を見る。 この辺りに博労淵があったと云う。 慶長19年(1614)の大阪冬の陣で、豊臣方の名将薄田隼人が築いた博労淵砦があり難攻不落を誇っていたが、11月19日に蜂須賀至鎮の家来・中村全勝の不意打ちで落城してしまった。 今はビルが建ち並び何処にあったか解からなくなってしまった。 付近の砦のよう高石垣に囲まれたマンションを見て往時を想像するくらいしか無いです。 長堀通に面する西区役所。 西区役所の前に古い道標が建っています。 ぐるっと見てみたが、博労淵砦の手掛かりとなるものは見つけられませんでした。 大坂城天守閣に薄田兼相物見の松が立売堀4丁目にあったと書いてありましたので行ってみる。 薩摩堀公園。 薩摩堀川跡の碑が建つ。 付近を歩いてみたが、それらしいものは無かった。 さて、博労淵砦の守将だった薄田兼相は、大坂冬の陣の最中に、何と現尼崎市の神崎(博労淵砦近所の新町遊郭との説もある。)の遊女屋へ行っていて留守にしてしまった。 砦が攻撃されていることを知って戻った時にはすでに陥落した後だった。 大坂城へ戻った兼相は、味方から橙武者との嘲りを受ける。 (橙は正月飾りに使われるもので、見かけ倒しの意味。) 所変わって、羽曳野市にある誉田八幡宮。 境内に誉田林古戦場の碑が建つ。 説明板。 自らの失態を恥じた兼相は、翌年の大坂夏の陣の道明寺の戦いにおいて陣頭指揮を取り、奮戦した後に華々しい戦死を遂げた。 薄田兼相の墓は羽曳野市誉田7丁目にある。 説明板。 【薄田隼人正兼相の墓】 (羽曳野市指定有形文化財) ここは、大坂夏の陣の激戦地であり、大坂方の将・薄田隼人正兼相の最後の地でもある。 元和元年(1615)5月6日、徳川方の大軍を迎えた豊臣方は、籠城は不利として、玉手山付近の隘路で迎撃する作戦をとった。 しかし、この方面の薄田兼相・後藤又兵衛・真田幸村・毛利勝永軍は、4隊合わせても1万たらずの上、折からの濃霧のため定刻に合流できず、激戦の末、10倍近い徳川軍に撃破される。 薄田・後藤の両将も遂に討死、翌日、大坂城は落城し夏の陣の幕を閉じている。 薄田兼相は豊臣秀吉・秀頼の二人に仕えた武将で、後に岩見重太郎として伝説化されたほどの剛勇の士であった。 この墓地は明治18年、兼相の子孫にあたる広島藩主浅野家の一族によって建立され、歴史の一頁を飾る史跡として平成8年に浅野家から羽曳野市に寄贈されたものである。 墓はもう一つある。 大阪市天王寺区生玉寺町5-24にある増福寺。 山門前には「薄田隼人正兼相墓」の碑が建つ。 山門を潜ってすぐ右にある大きな五輪塔が薄田兼相の墓。 境内にあった説明。 【大坂の陣で活躍した豊臣方の勇将 薄田隼人正兼相】 隼人は慶長19年冬の陣から豊臣秀頼の招きに応じ大坂方に味方で入り、博労ヶ淵で徳川方の船の進入を抑え蜂須賀軍と激しく戦い守った。 翌元和元年夏の陣では、真田幸村らと共に、道明寺付近で東軍の勇将、伊達政宗軍らと激突する。 伊達本多の大軍と渡り合うが太刀折れ矢尽き落命した。 墓所は増福寺。 山門くぐってすぐ右に曲り突当り左の大きい五輪塔が薄田隼人正兼相の墓、現存するこの墓石は、隼人より6代目子孫薄田兼實が文化11年に建立されたもので、それ以前は、元和元年討死の後すぐに木津の明寶寺(現在所不明)に埋葬されたが、薄田氏4代目が増福寺に改葬(年代不明)されたようです。 その左にも一族(続柄不明)の墓があります。 墓はこちらの方がずっと古いそうです。
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2011年09月28日
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