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石の門砦から送迎バスに乗り、升方城憩いの広場へ戻る。 憩いの広場説明板。 【升方城跡 憩の広場】 この広場は市民の憩の場として、また、歴史探索の拠点としてご利用していただくため県定公園整備事業により達成した広場です。 この広場を拠点に升方城跡本丸を経由し、石の門方面へ30分程度の散策周遊コースがありますのでご利用下さい。 升方城は、松倉城の西の守りとして歴史的に重要な位置にあったと思われ、代々椎名家の重臣が城主に任ぜられたといわれています。 早月川の天然の要塞を構えており、戦の前線として、もののふどもの叫びが聞こえてくるようです。 四季折々の風情を見せるこの史跡を足掛かりとし、森林浴と併せて松倉城跡本城への散策をお勧めします。 魚津市 憩の広場から見た升方城。 本来の登城道が正面にあったはずなのですが見当らない。 石の門砦同様、道路建設の際に壊してしまったのだろうか。 現在の登城道は脇にある。 説明板。 【升方城跡】 升方城は松倉城の支城の一つで、標高230mの城山山頂に築かれた山城である。 山頂部は、平らな本丸があり、その下には本丸を取り巻く帯郭状の二の丸があり、二の丸は土塁、石垣で固められている。 さらにその下には升方集落方面に三の丸、石の門方面には多数の空堀や土塁が設けられている。 升方城の城主は松倉城主椎名氏の家老小幡九郎と伝えられており、その後、佐々成政の家臣佐々新左衛門がこの城を守ったと伝えられている。 平成6年3月 魚津市教育委員会 縄張図。
結構広い曲輪です。 さらに登る。 ちょっとした曲輪。 西側と北側に土塁。 南側は凹んでいるので北側を進む。 北側の切岸。 ここにも急坂の登城道があるようですが、見当らなかった。 さらに進む。 三の丸の西側に突き当る。 90度曲がって登る。 さらに90度曲がると二の丸も見えてきました。 良く見ると正面には石積み。 さらに登って行く。 三の丸。 二の丸へ登って行く。 三の丸を振り返る。 結局、三の丸は良く解らない曲輪だった。 三の丸から二の丸への登城道脇の堀は見所。 二の丸の切岸。 二の丸門。 本丸へ登る。 二の丸西側を見下ろす。 二の丸南側を見下ろす。 本丸への階段。 本丸の様子。 虎口南側に井戸。 北側に東屋。 東屋裏側に土塁。 石積みが見られた。 東屋から魚津市街を見る。 蜃気楼は見えなかった… 東屋から見た本丸。 対面に城址碑。 脇に説明板。 升方城の位置をおさらい。 平面図。 直下を見下ろすと土塁を伴う帯郭状の二の丸が見えた。 行ってみる。 本丸を取り巻く帯郭状の二の丸は外側に土塁がめぐる。 良く見ると、やはり土塁には石積み。 北側へ廻りこむ。 二の丸北側は少し広い。 井戸跡。 池。 本丸切岸。 二の丸南側。 この直下に畝状空堀群があるはず。 行ってみる。 この辺りが畝状空堀群。 解かりにくいが、平面がウネウネ。 さらに南へ進むと、 堀切。 その先は南升方城へつながっているようだが、最終バスの発車時刻が迫ってきたので、急いで戻る、 戻る、 憩の広場からバスに乗って魚津駅へ戻りました。 バスは13時半頃が最終です。 (早いですが、魚津からの帰路を考えると妥当かな。) 車窓から遠ざかる松倉城。 名残惜しいなぁ〜 「戦国のろし祭り」は地元色が強い感じがしました。 もっとアピールすればいいのに。 また、魚津市の魚津歴史民俗博物館は天神山城にあるのですが、そこへのバスの便が悪く行けなかった。 何かもったいない。 雪が降る前か、桜が咲く前の土曜日にバスを走らせてくれないかな。 見所満載の城。 今度はゆっくり見てみたい松倉城でした。 |
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2012年10月11日
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