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登城日 第1回 2012年 1月15日(日)曇 第2回 2012年 9月29日(土)曇 難易度 ☆ 場所 愛知県知多郡武豊町字金下 JR武豊線の終着駅である武豊駅。 駅前にもある「武豊ゆめ回廊」の散策マップの武豊駅の西側に「4 長尾城址」の文字。 こんもりした草叢が長尾城址とか。 そして南側。 空堀かな。 線路があるので直接は近づけず、駅北側の踏切を渡って行ってみる。 城の東側は武豊線敷設で削られてしまったようだ。 踏切を渡った所に鎮座する武雄神社。 所在地 愛知県知多郡武豊町上ケ8 主祭神 須佐之男尊 創建 奈良時代以前 武豊神社概要。 解かり難かったので、 【由緒】 当社が創祀されたのは、神社が貝塚の上にあり、また、南東一帯が金下(かなげ)と呼ばれ、万葉の言葉が今に残っていることから、奈良時代かそれ以前のことでした。 承久の変(1221年)後、山城国醍醐(現京都府宇治市)より岩田氏が代官として当地に来て、当社を一画とする長尾城を築くとともに、城内・領内鎮護の社として定め、代々おまつりしてまいりました。 文永、弘安の役(1274年・1281年)の折りには、岩田氏が一族郎党を率いて九州に赴き、その凱旋の際に、香椎聖宮(現福岡市御鎮座の香椎宮)を当社の鬼門の方角に境外社として勧請いたしました。 これが武豊町市場区鎮座の神宮社です。 江戸初期には、岩田氏の末裔である岩田真七郎により山車が作られ「真七車(しんひちしゃ)」と名付けられ、当社に奉納がされました。 これが現在行われている御例祭の御山車神事(長尾部の御祭礼)の始まりです。 また明暦、萬治の頃(1660年頃)、尾張藩士である大島四郎兵衛藤原久成が当地の領主になると、自ら神輿を奉献し、「近辺無双の大祭礼」と呼ばれるほど盛大なお祭りが行われていました。 大正8年に現本殿新築に伴い、それまで境内社としてお祀りしてきた山ノ神社・祠峰社・若宮社・天神社・白山社・秋葉山・金刀比羅神社、計七社を「長尾七宮」と称して御本殿の西側にお祀りしました。 また、この社には、平成13年より、丹生川上神社も共にお祀りしてあります。 明治5年に村社、昭和15年に郷社、昭和30年に四級社になり、地方では顕著な社格を持つ御社であります。 また、昔から当社は「月詠みの森」と呼ばれ文人墨客が和歌を詠んだ月の名所でもあります。 現在、例祭(年に一度の大御祭 本日(ほんび):前夜祭4月14日・本祭4月15日)には、各区から山車が6輌奉納され、盛大な祭礼が執り行われております。 この様な沿革を持つ当社は、古来より「神領神戸」と言われ、長尾七宮という多くの摂末社を有し、武豊町長尾部の郷民を中心に、父祖代々受け継ぎ、尊崇の誠を捧げ、この郷土に運命共同体として築き上げてきた、うるわしい心の精華(はな)です。 。 (武豊町観光協会HPより) 一の鳥居。 二の鳥居。 三の鳥居。 尾張の神社に良くある藩屏。 脇に鎮座する境内社。 藩屏裏に四の鳥居。 境内の様子。 手水舎。 月詠の森は常緑広葉樹に覆われた貴重な文化財。 社殿群。 東側に斎館。 さざれ石と手水舎? 拝殿。 本殿には須佐之男命を祀る。 以前は牛頭天王社だったのかな? 拝殿から境内を見渡す。 西脇宮拝所。 東側に東脇宮拝所がある。 西側に長尾七宮。 境内西側の大木。 大木付近から境内を見る。 境内東側出入り口。 行ってみる。 境内東側入り口。 「長尾」とは細長い尾根のような台地のことらしい。 この辺りは「ヒジリ田」。 ヒジリ田から境内を見る。 城跡っぽい。 実際に岩田氏の居館があったとか。 境内の北側。 石垣は後世に建てられた長尾学校のものとか。 これも末社かな。 最後に御朱印。 境内にある長尾城説明板。 武雄神社は長尾城の鬼門(北東)に建てられたと云う。 長尾城へ行ってみる。 境内の南側。 武雄神社は周囲より少し高台(貝塚)に鎮座している。 南側の道路。 余りに何も無いので堀に見えてきた。 道路を挟んで南側の武豊小学校も高台に位置する。 標高9.1m。 しかし、長尾城はここでは無くその東側とか。 家や畑があって近づけない… 後日再訪したときはその全貌が明らかになっていました。 発掘後の様子。 車窓から1枚。 空堀跡。 付近には関連する地名が残っています。 長尾城周辺の地名「金下」。 神奈備(かんなび)の下の略、神の下の場所と言う意味。 武雄神社北西の地名「下門」。 北門が訛ったという。 (ここが北門なら武豊小学校付近が長尾城だとピッタリなんだけどなぁ〜) 武豊駅西側の地名「西門」。 長尾城の西門があったという。 付近には「迎戸」なる地名も。 名鉄「上ゲ」駅。 変わった駅名も、長尾城西方の城内居住区画に当たり、ここに住んでいた農民が『城(本丸)を見上げる地』と尊称していたことに由来するとか。 上ゲ駅東側の地名「ヱケ屋敷」。 武雄神社の宮司屋敷である禰宜屋敷があったとか。 上ゲ駅南の地名「山ノ神」。 山ノ神社が鎮座。 由緒書によると、武雄神社境内社に関連。 山ノ神の南に武豊町歴史民俗資料館。 味噌・たまりのことは解かれど、長尾城のことは解からず。 唯一、資料館にあった江戸時代の絵図が参考になりました。 長尾城でした。 (おまけ) 武豊町の名産品であるたまりを使った「たまりラーメン」なるものがあるとのことで、「麺屋一八」に寄ってみた。
しょうゆ新味「武豊たまりらぁ麺」。 なかなか美味かったが、混み合う店内の大多数が「梅しそ鶏冷しらぁ麺」を注文していたのが気になった。 |
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2012年11月20日
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