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登城日 2012年 3月20日(火)晴 難易度 ☆ 場所 京都府南丹市八木町八木、亀岡市宮前町神前 【八木城】 八木城は、八木南西部に位置し、京街道(山陰道)を眼下に望む口丹波随一の要害である。 丹波国内では、八上城、黒井城と並んで三大城郭のひとつといわれ、中世の山城としては有数の規模を誇る。 丹波守護代内藤氏の居城として伝えられ、15世紀〜16世紀に丹波地方の中心として機能した。 戦国時代、キリシタン武将としてルイス・フロイスとも親交のあった内藤如安は有名で、文禄・慶長の役のおり、明側との交渉に当たった。 城は明智光秀の丹波侵攻により没落したが、江戸時代に亀山藩が幕府に提出した絵図の模写によると、最高所の本丸は四方に野づら積みの石垣が描かれている。 また、本丸の南西端に金の間と書かれた一段と高い部分が張り出しているが、これは天守閣の祖形と考えられる。 現在は、石垣の一部や尾根づたいに曲輪跡が残るのみであるが、当時の雄大な様子を伝えている。 八木町・八木町教育委員会 八木城へは、京都駅からJR山陰本線に乗って行きます。
最寄駅は八木駅。 丹波国府跡への最寄駅でもあります。 駅から見た八木城。 駅の西、標高344mの城山にあります。 西へてくてく約10分歩き、承平5年(935)藤原重房が大和から勧請した春日神社を目指します。 春日神社の脇を北へ。 ジョアン内藤飛騨守忠俊ゆかり之地の石標。 説明板。 登城口の説明板にあった遊歩道案内図。 ぐるーっと一周出来るそうです。 京都縦貫自動車道を潜って、いざ八木城へ! (城っぽいトンネルがいいですね〰) トンネルを抜けると山道開始。 入った所に屋敷群。 屋敷群の切岸。 1合目。 小さなお墓?が建ち並ぶ所を左折すると、 2合目。 3分登って3合目。 崩れた石垣の石かな? 2分登って4合目。 3分登って5合目。 「城山はみんなの宝です。いつまでも大切に…」 3分登って6合目。 ここは対面所郭への分岐点。 対面所郭へ寄り道。 登った所にある堀切と土塁。 堀切の西側に御茶屋。 土塁の東側に対面所跡。 対面所跡はご覧のとおり草茫々。 ここは、大八木但馬が守っていたらしい。 草を掻き分け進むと櫓台? それとも土塁 何だかよく解らなかったので引き返した。 (見えているのは最初の土塁。土塁の向こうに堀切と御茶屋がある。) 登城道へ戻って、6合目から約3分で7合目。 石垣が崩れたような石がごろごろ。 ここから坂がきつくなる。 約4分で8合目。 本丸下の石垣が見えてきました。 約3分で9合目。 本丸と二の丸の間の馬屋に到着。 縄張図。 土塁の間を通り抜けると、 本丸。 本丸の東側下に土塁に囲まれた郭がある。 亀山方面を見下ろす。 下りてその先端へ行ってみると、 その下にも郭があった。 下りると登れなくなりそうだったので、ここでその先へ行くのは止めました。 本丸を振り返る。 かつては総石垣だったらしい。 北側切岸の西側に、 かつての名残がありました。 本丸西側の土塁沿いを今度は南側へ。 南側に虎口があります。 虎口の先に金ノ間。 ここに天守台があったとも。 金ノ間の先も小さな郭が段々に連なる。 下りて行ったらあやうく登れなくなりそうでした。 虎口を別角度で。 本丸へ戻る。 本丸西側の土塁の間を通って、 今度は二の丸へ向かいます。 (つづく) |
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2012年12月20日
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