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場所 滋賀県長浜市木之本町黒田
最寄駅はJR北陸本線木ノ本駅。
駅の観光案内所で情報収集。
ここから乗合タクシー(運賃300円)が走っているようですが、乗車したい便の30分前までに予約が必要。
レンタサイクル(1日500円)の方が便利。
乗合タクシーに乗った場合は黒田下車。
黒田区集会所のある所に黒田官兵衛孝高の祖先の屋敷があったと云う。
集会所の東側に説明板と墓碑が建っています。
説明板。
【黒田家の由来】
筑前・福岡52万石・黒田藩の祖先は、当地の御廟に祀られている佐々木源氏(近江源氏)の流れをくむ黒田判官・源宗清(別名・宗満)公であり、この地・近江国伊香郡(木之本町)黒田村に住み、湖北の荘園の領主として、黒田判官と称した。
黒田村の中央の小字・構(かまえ)と称するこの一町角が往年の構屋敷、即ち黒田判官の邸址である。
黒田判官・宗清公(弘安元年(1278)生・延文2年(1357)病没・享年79歳・法名道法)より数えて六代目・高政公の時代、永正8年(1511)山城船岡山の戦いの後、備前邑久郡福岡村に移り住むまでの約200年間、黒田氏は六代にわたりこの地に居を構えていた。
この構え屋敷から西へ1km離れた余呉川対岸の山麓、小字名を穂先谷(今の保崎谷)の観音寺に、かつて穂先長者とも伝えられている源宗清公が寄進したといわれる鎧の草摺があった。
更にそれより南1.7km離れた田井(今の田居)の寿徳寺(黒田村より移築された寺院、今の樹徳寺)には黒田氏歴代の墓石と黒田官兵衛孝高如水公の肖像画の掛軸がある。
墓碑。
「黒田氏舊縁之地」と書かれた碑。
隣りに昭和48年(1973)に発掘された「源宗清」と書かれた御影石を祀る御廟。
碑文。
この地に屋敷があったと云うが、明確に遺構が残っているわけではありません。
しかし、何となくあったような雰囲気が…
土塁?
何か書いてあるが達筆すぎて読めない碑。
文永元年(1264)開基の正覺寺。
屋敷があった当時からあったことになる。
西へ1km行ってみる。
穂先谷の黒田観音寺へ。
源宗清が寄進したといわれる鎧の草摺があったらしい。
説明板。
本尊は国の重要文化財。
拝観希望者は事前に連絡が必要です。
南へ1.7km行ってみる。
黒田村から移転したと云う樹徳寺。
黒田家ゆかりの寺院ということですが、一見さんにはさっぱり解からず。
西に聳えるのは賤ヶ岳。
賤ヶ岳合戦の地。
黒田官兵衛も参戦(当時は小寺孝隆)。
黒田村を後にする。
大河ドラマが始まったら賑やかになるのだろう。
近江源氏黒田氏発祥の地といわれる所は他にもあるそうです。
また、黒田官兵衛の祖先は村上源氏赤松氏一族で播磨黒田庄出身との説も。
いずれの説が正しいのかは不明ですが、司馬遼太郎の『播磨灘物語』でもこの地が発祥地となっていましたしロマンがあるので、大河ドラマでもここが発祥の地ということになるのでは。
(おまけ)
木ノ本駅に停車するSL北びわこ号。
出発進行!
日祝日運転、全車座席指定です。
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