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登城日 2012年 9月16日(日)晴 難易度 ☆☆ 場所 滋賀県蒲生郡日野町西大路 中野(日野)城の本丸土塁を北東へ出た所に仁正寺藩陣屋があった。 古い倉庫のような建物が建つ。 現存米蔵ですかね? 東側に碑が建つ。 行ってみる。 碑の前の説明板。 【西大路藩の藩庁跡】 元和6年(1620)越後国三条から移封された大名市橋長政は、蒲生氏の旧城であるこの地を本拠と定めて仁正寺藩を立藩、江戸全期を通じてここに仁正寺藩1万8千石の藩庁を設けていた。 文久2年(1862)に仁正寺の名を西大路に改称、明治維新後の廃藩によって藩主や重臣は東京へ移住し、御殿と呼ばれていた藩庁は西大路村の朝陽学校などになったが、大正5年(1916)京都相国寺塔頭林光院へ売却され同寺に残されている。 日野観光協会・西大路公民館 石碑。 「藩主市𣘺家邸趾」と書かれていた。 藩邸跡はグランドになっている。 グランドから日野城の方を見る。 古い倉庫のような建物の前へ戻って日野城本丸の方を見る。 仁正寺陣屋を後にする。 付近に関連史跡が点在しているので行ってみる。 仁正寺陣屋近くの経王寺。 説明板。 山門は陣屋門を移築したもの。 ピンボケしてしまったが、鬼瓦に市橋家の家紋「割菱」。 大日町バス停前の大日堂。 説明板によると仁正寺藩邸の表鬼門を祀ったものと云う。 ここから国道477号線の方へ少し行った所にある布施氏邸宅。 説明板によると藩庁の一部で勘定部屋として使われていたとか。 往時は屋根の上に太鼓楼があった。 少し東へ行った所にある聖財寺。 説明板。 説明板に記述は無いが、本堂に藩邸の一部が移築または部材が使用されているとか。 東へ進む。 法華塔と貫之松。 説明板によると、法華塔は2代藩主政信の子利政の行跡が悪かったので毒殺した藩医森島某が、罪をつぐなうため小石に法華経を写経し埋めていた場所に建てられたものと云う。 清源寺へ。 説明板によると、蒲生氏郷の祖父定秀の別邸桂林庵を寺としたもので、市橋家の菩提寺となったと云う。 また、清源寺書院は文久元年(1861)新築前の藩邸の一部が移築されたものとか。 境内には市橋家の墓が建ち並ぶ。 最後に音羽(日野)城へ向かいました。 (おまけ) 所変わって、京都市上京区にある相国寺。
境内にある塔頭林光院に藩邸が移築されている。 大正5年(1916)に売却されたとか。 |
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