|
登城日 2012年11月 7日(水)晴 難易度 ☆ 場所 浜松市東区有玉西町欠下、城山 【欠下城】 城史については、明らかでないが、永正11年(1514)に朝比奈氏が、大河内氏等と闘った時の記事(『宗良手記』大永2年頃)に「大菩薩」という山の名で登場する。 以後城として機能したか不明である。 東名高速道路建設工事により、城の一部がこわされることになって、測量および一部発掘調査を実施した。 南向き舌状丘陵を空堀で区切り、北辺をL字形の空堀と土壘で守っている。 井戸らしい部分も1か所認められた。馬込川縁とは22mの比高があり、急崖をなす。 遺構部は「城山」と呼ぶが、ここに大正年間まで神明宮を祀っていた。 城の西側を「大菩薩山」という。 また西の平を神明平、城の東側急斜面を神明下、北側を本祠山と呼ぶ。 いずれもかて祀られていた神明社の関係地名である。 (『shizuoka城と戦国浪漫』HPより) 欠下城へは、JR浜松駅から遠鉄バス上島・内野台方面行きバスに約25分乗り城山バス停下車。
バス停付近の馬込川に架かる橋は城山橋。 一本上流の染地川に架かる橋は丸ノ内橋。 馬込川対岸から見る。 バス停付近の工場が建つ辺りに欠下城があった。 東名高速道路建設前の空撮。 工場が建っている辺りには山があったらしい。 バス停付近へ戻る。 工場の前に浜松市内に乱立する木碑が建っています。 右側、欠下城跡(城山)。 左側、神明宮跡。 大正年間まで欠下城跡に祀られていた。 城跡の遺構が無いかと探す。 東名高速道路を挟んで南側の神田鉄工の所に坂道があったので行ってみる。 坂道の途中に雑木林へ入る道。 何か匂うなぁ〜 む、空堀っぽいなぁ。 空堀じゃないの? 空堀はここで終わり。 と、思ったらこれは土橋? 反対側を見る。 土塁? 欠下城の南端付近なのだろうか? 良く解らず坂道へ戻る。 坂道を登ると広い草叢。 城跡の遺構は見当たらなかった。 北側は東名高速道路で削り取られている。 南側は日進機械のグラウンド。 坂を下りて、今度は南へ台地を登って行く。 大菩薩の坂は、武田信玄が三方ヶ原へ向かうために登って行ったとも。 大菩薩の坂を登ると日進機械の工場。 やはり、この辺りにも城跡の遺構は無かった。 この先200m程進むと姫街道。 良く解らなかった欠下城を後にしました。 |
全体表示
[ リスト ]


