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場所 浜松市中区三組町38-1
浜松城天守閣内にある城下町図。
奥平信昌の屋敷は武家屋敷街の西の高台にあった。
天守閣からの眺めだとこのあたり。
行ってみる。
浜松城公園を出て南下。
セブンイレブンがある高町の交差点を渡り、一筋目を右折し西進すると神明神社があります。
由緒書によると、天正15年(1587)に遷座。
徳川家康が居城を浜松城から駿府城へ移したのは、天正14年(1586)末のこと。
さらに西進すると秋葉神社があります。
境内の様子。
この境内に奥平信昌の邸宅があった。
境内には邸宅跡を示す木柱が建っていたが…
引き抜かれていました。
何をするのかな?
建っていたころの様子。
近づく。
この頃の信昌は居城を三河新城城に構え、武田氏遺領に侵攻したり、小牧・長久手の戦いで活躍したりと、東奔西走していた時期です。
(おまけ)
毎年1月下旬に管粥祭と焼納祭が行われます。
管粥祭は16時ごろから、釜の沸騰した湯に五穀を入れて炊き、竹筒ですくってその年の豊凶を占う行事。
手水舎には、
結果が貼られていました。
露店が南の鴨江寺付近まで連なり、かなりの賑わいでした。
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