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所在地 神奈川県鎌倉市山ノ内1402 山号 金寶山 宗派 臨済宗円覚寺派 本尊 三世仏(阿弥陀如来・釈迦如来・弥勒如来) 創建 弘安6年(1283) 開基 北条師時 鎌倉街道からの参道入り口。 車道は左へ境内を迂回。 石橋は渡れません。 石橋の脇を進む。 甘露の井。 説明板。 鎌倉十井の1つ。 頼朝がこの井戸に貫高を寄付したことがあると云う。 総門。 左側の説明板。 国指定史跡 【浄智寺境内】 昭和41年2月28日指定 鎌倉五山4位、臨済宗円覚寺派、金寶山浄智寺は、弘安4年(1281)北条時頼の3男宗政が28歳で没後、間もなく、宗政夫人と幼少の師時を開基にして、宗政の菩提を弔うため創建されました。 中国、宋の名僧、兀庵普寧と大休正念、及び日本僧南州宏海の3人が開山になっています。 これは、当初開山に招かれた宏海が、任重しと身をひき、師の大休正念を迎えて入仏供養をおこない、すでに世を去っていた師僧の兀庵普寧を開山としたためです。 創建当時の伽藍は、外門、山門。行堂、仏殿、方丈、庫裡等を備え、塔頭は11院に及んだということです。 長い間には、たたずまいも変化し、現在は、看門寮、山門、鐘楼門、仏殿、書院、方丈、隠寮、庫裡などの堂宇が柏槙や杉木立の中に点在しています。 境内は、周囲を緑の山々にかこまれ、昔ながらの、広大な寺域を残しており、地理的環境と鎌倉五山の伽藍遺構を後世に伝えるため、国の史跡として保護されています。 平成9年3月31日 神奈川県教育委員会 扁額の「宝所在近」は、「がんばって修行を積めば、意外と早く悟りに到達することができる」という意味だそうです。
参道を振り返る。 総門から参道を見る。 参道右側の駐車場。 参道を進む。 参道の先に鐘楼門。 鐘楼門。 春の鐘楼門。 近づく。 山居幽勝の額。 鐘楼門へ進まず右へ。 安藤寛の歌碑。 「結界に降る雨あしは光りつつ 深き杉生のみどりにしづ舞」 ご住職のお宅かな。 龍淵荘。 棟門。 棟門から境内を見る。 書院。 奥に御朱印所。 書院から龍淵荘を見る。 棟門を振り返る。 龍淵荘の先に右折の道がある。 右折しないで進む。 かんのんさま。 こちらへお進み下さい。 トンネル。 墓地を進む。 洞窟。 布袋さま。 戻る。 先へ進む。 やぐら。 横井戸。 先へ進む。 椿。 庫裏。 春の庫裡。 五重小塔。 猫。 庫裏の東に仏殿(曇華殿)。 春の様子。 観音菩薩木像。 高野槇。 お地蔵さま。 今来た道を振り返る。 仏殿(曇華殿)。 中の様子。 海会堂入口付近。 鐘楼門へ。 蝋梅。 みつまた。 鐘楼門。 鐘楼。 振り返る。 春の様子。 棟門から出る。 参道を振り返る。 境内を出る。 案内板。 源氏山へ向かう。 舗装道路を進む。 すずめ。 源氏山へ850m。 この辺りも旧境内地だろう。 広場。 転がってる石は浄智寺のもの。 りすがいた。 たからの庭。 古民家を再生したシェアアトリエ・ハウス。 おしずかにお願いします。 ここから山道。 登った所に堀切みたいな地形。 尾根道を進む。 葛原岡神社まで300m。 天柱峰へ。 天柱峰。 中国元の僧で浄智寺の住職も勤め、この丘を愛した竺仙梵僊和尚(兀庵普寧)が名付けたと云う。 五重石塔。 竺僊梵僊和尚顕彰碑。 最後に御朱印。 葛原岡神社のある源氏山公園へ向かいました。 |
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