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場所 神奈川県鎌倉市梶原5-9-1 主祭神 日野俊基 創建 明治20年(1887) 浄智寺から尾根づたいに進む。 葛原岡神社まで200m。 大堀割。 鎌倉城の遺構とか。 尾根づたいを進む。 登る。 こんな所にも来るの? さらに進む。 葛原岡神社に到着。 鳥居脇の社務所で御朱印を貰う。 鳥居。 魔去ル石。 盃をこの石に当てると幸せを勝ち取れるらしい。 由緒書。 金魚が泳いでいます。 縁結び石。 恋みくじ。 絵馬がハート型でした。 手水舎。 吐いておられました。 合鎚稲荷社。 無患子の木。 合鎚稲荷社の社殿。 梅の花。 参道を進む。 宮下翠舟が扇が谷の草庵にて詠んだ歌。 「鎌倉に雪ふる雛乃別れかな」 本殿へ進む。 本殿前の由緒書。 昇運の神龍。 本殿を斜めから。 本殿脇の日野俊基終焉の地。 季節はずれの桜が咲いていました。 七分咲きくらいかな。 周りはまだつぼみでした。 本殿へ。 参道を戻る。 社務所前にある葛原岡神社の今昔写真。 日野俊基の墓へ向かう。 鳥居脇に藤原仲能墓の碑。 墓らしきものは無いが… 【藤原仲能之墓】 此処ハ道智塚或ハ阿古耶尼ノ塚ト傳ヘラレシモ海蔵寺傳ニ拠リ藤原仲能ノ墓所ト考察セラル 仲能ハ従五位下前能州大守ニシテ鎌倉幕府評定衆タリシガ後年海蔵寺中興ノ大檀越トナリ建長8年12月9日寂シ道智禅師ト称ヘラレシモノノ如ク其位牌同寺ニ現存ス 昭和11年3月建 鎌倉町青年團 日野俊基の墓所入り口。 説明板。 国指定史跡 【日野俊基墓】 指定 昭和2年4月8日 日野俊基は鎌倉時代末期の朝臣 後醍醐天皇につかえ討幕計画に参加した。 正中の変(1324)に捕えられ許されたが、元弘の乱(1331)の時再び捕らえられ、鎌倉に送られて、翌年ここ葛原岡で処刑された。 平成3年7月15日 鎌倉市教育委員会 石碑。 【俊基朝臣墓所】 藤原俊基朝臣ノ朝権ノ回復ヲ図リテ成ラズ元弘2年6月3日北条高時ノ害ニ遭ヒ 秋を待たで葛原岡に消ゆる身の 露の恨や世に残るらん ト永キ恨ヲ留メタルハ此ノ処ナリ 大正6年3月建之 鎌倉町青年団 墓所。 最後に御朱印。 パワースポットとして訪れる人が多い、葛原岡神社でした。 (おまけ) |
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