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場所 栃木県下野市薬師寺1737 薬師寺城跡から北へ進む。 下野薬師寺歴史館が見えてきたら右折。 まずは情報収集。 【ごあいさつ】 下野薬師寺の創建は、7世紀末の天武天皇期と推定されています。 8世紀後半には戒壇が設置され、東大寺、筑紫観世音寺とならび三戒壇の一つとして、仏教文化が栄華を極めていました。 大正10年3月3日に国史跡に指定された下野薬師寺跡は、昭和41年から発掘調査が実施され、壮大な伽藍を持つ寺院であることが確認されています。 史跡下野薬師寺跡保存整備事業は、平成9年より国の史跡等活用特別事業を導入して、「ふるさと歴史の広場」の整備に着手し、史跡地の整備と下野薬師寺歴史館の建設を実施しました。 本館は、下野薬師寺に関わる遺物等を中心に展示し多くの皆様に下野薬師寺の歴史を紹介しております。 ぜひ、現在の豊かな南河内町を築きあげた歴史の歩みと文化遺産をご覧ください。 平成13年4月 下野薬師寺の歴史パネル。 瓦の変遷。 こげた瓦。 関連遺跡。 基壇について。 歴史館の屋上から下野薬師寺跡を見下ろす。 向かいます。 寺の外郭南西隅。 説明板。 境内の南西に史跡総合説明板。 歴史館が開いていないときはここで情報収集。 伽藍復元図。 南西隅。 回廊の基壇説明板。 回廊を北へ進む。 回廊の北西隅は復元されている。 内部の様子。 外から見る。 回廊建物の復元説明板。 回廊北側を進む。 復元回廊を振り返る。 講堂跡。 説明板。 基壇がない。 模型で。 講堂跡から北を見ると中金堂跡。 ここにあった説明板。 講堂と金堂が逆になってる。 回廊の延長線上にあるので、講堂=中金堂かな? 金堂は講堂の北にあった。 模型では更地の所かな? 史跡総合説明板で。 現在は六角堂が建っている。 説明板。 かつてあった戒壇。 六角堂から南を見る。 進むと土塁。 ここは現在は安国寺の境内なので、安国寺のものかな。 この辺りに中門があったのだろう。 模型で。 引いて見る。 下野安国寺の山門。 説明板。 下野薬師寺を改称したと云う。 御朱印。 境内に残る下野薬師寺の礎石。 下野薬師寺の史跡碑。 境内を出る。 安国寺境内の東側を進む。 安国寺本堂の裏に講堂の南東にあった建物の基壇。 下野薬師寺跡の範囲は広い。 東側へ。 塔跡があります。 塔跡。 説明板。 隣りには幢竿支柱跡。 説明板。 外郭東側から塔跡と下野薬師寺跡を見る。 北西へ。 三昧場。 僧侶の斎戒沐浴をした場所と云う。 三昧場付近から下野薬師寺跡を見る。 下野薬師寺は、南北に流れる東側の田川と西側の浅い侵食谷にはさまれた半島状の洪積台地の中央に位置しているため、低地からは見上げる形となり、人々の目にたいへん壮大に映っただろう 下野薬師寺跡の周辺を歩きます。 |
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