【片上鉄道】 片上鉄道は、かつて岡山県備前市の片上駅から久米郡柵原町(現美咲町)の柵原駅までを結んでいた同和鉱業(現:DOWAホールディングス)の鉄道路線である。 吉井川の川舟(高瀬舟)に代わり柵原鉱山で産出される硫化鉄鉱を片上港まで輸送する目的で建設され、大正12年(1923)1月に片上 - 和気間が開業。 昭和6年(1931)2月全線開通した。 柵原鉱山からの鉱石輸送のほかに旅客営業も行われ、沿線住民の足にもなっていた。 しかし、円高などによる柵原鉱山の鉱石産出量減のため、収入の多くを占めていた鉱石輸送はトラックに切り替えられ、経営が成り立たなくなってしまった。 会社側は肥料輸送や旅客列車の減便などで生き残りを図ったが、沿線は人口が希薄で過疎も進みつつあったため乗客は減り続け、万策尽きる形で平成3年(1991)7月1日に全線が廃止された。 末期には、観光業者が経営を引き継ぎ観光鉄道として再生させるプランが持ち込まれたが実現しなかった。 廃止後は日生運輸(備前バス)による代替バスに転換された。 片上鉄道の代替バスルートのみが「備前片鉄バス」として運行されている。 片上鉄道廃止後は片鉄片上 - 和気駅前 - 矢田 - 周匝 - 高下 - 吉ヶ原 - 柵原病院前で運行され、月曜日 - 金曜日は5往復程度、土曜日は2往復である。 平成19年(2007)4月1日より、備前片鉄バスの運行は日曜・祝日・年末年始は全便運休となっている。 平成23年(2011年)10月1日からは、周匝 - 高下 - 吉ヶ原 - 柵原病院前間が廃止となった。 (wikipediaより抜粋) 浦上宗景の居城だった天神山城へ登る目的で和気まで来たが、麓まで走る備前片鉄バスは、土曜日は12:31発と17:00発しかない。 (ちなみに、上記説明にある通り日祝日は走っていません。) まず北曽根城へ登りましたが、予想よりも早く下山出来たのでかなり時間が余ってしまった。 和気駅の南側の廃線跡を覗いてみることにした。 片上方面から和気駅へ向うカーブから。 和気駅へと向かいます。 和気駅付近。 この辺りに和気駅のホームがあった。 廃線跡は「片鉄ロマン街道」と名付けられている。 廃線跡は駐車場を突っ切り、 サイクリング道と合流。 振り返る。 結構大きな駅だったようだ。 少しふくらんで、 徐々に高度を上げて、 JR山陽本線を跨ぐ。 跨線橋から和気駅方面を見る。 その先は金剛川を渡る鉄橋へ。 金剛川橋梁。 「片鉄ロマン街道」と書かれている鉄橋側面も撮ればよかったと後悔。 鉄橋はカーブしている。 渡った所の橋台。 北曽根城が見えた。 ここで和気駅へ戻れたのですが… まだバスが来るまで1時間以上もあったので、真っすぐ進んでしまった。 勾配標。 距離標。 鉄道柵。 踏切があった所には、 踏切跡。 和気駅から20分で本和気駅跡。 かつての様子。 さらに進みます。 ほぼ真っすぐな廃線跡。 観音山の“和”文字焼きが見えた。 コンクリートの鵜飼川橋梁。 まだ片上の方が近い。 益原駅付近。 かつて走っていた列車を偲ばせる。 本和気駅から15分で益原駅跡。 天神山城が見えてきた。 次第に山が近づいてきます。 そして山と川に挟まれた狭い所を進みます。 吉井川新田原井堰。 川沿いを真っすぐ進む。 信号機。 益原駅から40分で天瀬駅跡。 ホームと駅舎が現存。 駅舎を横から見る。 かつての様子。 天瀬駅を後にする。 先へ進みます。 天瀬侍屋敷付近を通過。 トンネルが見えてきた。 天瀬第1号トンネル。 天瀬第2号トンネル。 天神山城の麓を通過。 ここで吉井川は大きく西へ曲がる。 線路も曲がる。 この先に河本駅があった。 ここまで和気駅から2時間10分だった。 ふぅ〰 途中、全くトイレが無くて困りました。 佐伯町ふる里会館(旧和気郡山田村役場庁舎)で天神山城の資料を見せてもらいたかったが閉まっていました。 ちなみに、この建物は国の登録有形文化財です。 天神山城へ いざ、参らん! |
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2013年02月26日
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