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登城日 2012年11月 3日(土)晴 難易度 ☆ 場所 浜松市北区三ヶ日町都筑字西平 佐久城へは、JR浜松駅から遠鉄バス三ヶ日行きバスに乗り都筑バス停下車。 かんぽの宿浜名湖三ヶ日を目印に歩く。 東急リゾートタウン浜名湖内を突き抜け、 ここを右折。 右折した辺りから佐久城内。 突き当たりに登城口。 説明板。 【佐久城跡(三ヶ日町指定文化財】 この背後の高地は室町時代浜名地域(三ヶ日町一帯)を支配した浜名氏の居城、佐久城(別名浜名城)跡である。 浜名氏は平安時代鵺代を本拠として興起した猪鼻氏の系統を引き「鵺退治」で有名な源三位頼政の子孫といわれる。 室町初期の貞和4年(正平3年・1348)その中興祖浜名左近大夫清政がこの地域に築城居住して以来子孫は足利幕府の奉公衆となり常に京都にあって将軍の側近として活躍、また歴代歌人としても著名であった。 清政より九代目の肥前守頼広の時永禄11年(1568)12月徳川家康の遠州進入にあたり守護今川家のため当城にこもって抵抗したが翌12年(1569)2月力つきて降伏没落し、以来家康の武将本多百助信俊が守備したが、天正11年(1583)東北方の野地城構築により廃城となった。 その遺構は見取図の如く半島突端に楕円形の本丸(本曲輪)南側に大きな空堀を隔て、二の丸(南曲輪)が残存するのみで、埋め立てられた現在地周辺は字名御馬といい、旧厩舎の所在地と思われ、これより東方200m位に及ぶ範囲が城内と考えられ字本城、南本城等の字名が残り、侍屋敷等があったと思われる。 浜松市教育委員会 H3.12作 見取図。
登城口は馬出郭と南郭との間の空堀。 振り返る。 馬出郭へ。 馬出郭。 説明板。 本郭への土橋。 土橋から馬出郭と本郭との間の空堀を見る。 土橋から馬出郭を振り返る。 本郭虎口。 本郭虎口から土橋を振り返る。 本郭虎口を土塁上から見る。 説明板。 虎口から本郭を見る。 本郭から虎口を振り返る。 本郭を土塁が囲む。 虎口の脇に雑兵長屋跡。 説明板。 井戸跡。 覗いてみる。 本郭の中心に城址碑。 城址碑の裏面。 見取図によると、本郭の南側にも建物があったようだ。 本郭南側から見る。 土塁。 本郭北側。 館があった。 脇に搦手口。 本郭から猪鼻湖を見る。 本郭切岸。 下りてみたが、危ない坂道だった。 これは石積みかな? 本郭を見上げる。 本郭と馬出郭との間の空堀。 また搦手口から本郭に戻って、 虎口から、 土橋を通って、 馬出郭から、 空堀の向こう側の、 南郭へ。 南郭はみかん畑と、 東急ハーヴェストクラブ浜名湖になっています。 猪鼻湖へ下りて行く。 打ち寄せる波。 海みたいに大きいなぁ〜 本郭北側直下。 北東の対岸に野地城が見えた。 天正11年(1583)野地城築城により、佐久城は廃城となった。 猪鼻湖に突き出た佐久城でした。 野地城へ向かいます。 |
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2013年07月26日
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