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所在地 兵庫県たつの市龍野町日山449-1 主祭神 天照国照彦火明神 創建 伝推古天皇2年(594) 龍野城の南西に鎮座しています。 境内図。 参道東側に由緒書。 式内名神大社【粒坐天照神社(イイボニマスアマテラスジンジャ)】 (たつの市龍野町日山) 延喜式に揖保郡七座の一つと記載され、宍粟郡一宮町の伊和神社、垂水の海神社とともに播磨三大社の一つです。 神社縁起によると、推古天皇2年(594)、当地の有力者が神託を受け、的場山(通称・台山)の頂に祠を建て、農業の守護神天照国照彦火明命(あまてるくにてるひこほあかりのみこと)を祀ったのが始まりです。 その時、一粒の稲の種と水田を授かり、これを耕作したところ大豊作となり、一粒万倍したという。 以後この土地はイイボ(粒、揖保、飯穂)の郡と呼ばれる穀倉地帯となりました。 室町時代の嘉吉の乱(1441)の兵火で社殿が焼失、揖西町小神に遷座しました。 天正9年(1581)、龍野城主となった蜂須賀小六正勝が、日山(当時は樋山村と呼んだ)の現在地へ遷座、続いて城主となった福島正則が社殿を造営しました。 寛文12年(1672)に信州から城主として着任した脇坂家の藩主も尊崇厚く、神域が拡大され、数多くの境内末社を勧請合祀しました。 平成6年には神社創立1400年祭を執行しています。 神社は再三の火災に遭い、現在の神殿、弊殿、祝詞殿は昭和37年(1962)に、拝殿、社務所は同56年に建立されました。 2月24、25日は菅原道真を祀る菅原神社の祭礼(天神祭)、7月14、15日は一年の健康を祈念する輪抜け祭、10月には秋祭があってにぎわいます。 氏子は龍野、揖西、揖保川三町の3300世帯です。 龍野史談会 二の鳥居。 城郭のような高石垣の上に社殿がある。 階段を登った所に隋身門。 神門を斜めから見る。 土俵があったのかな? 急階段脇に手水舎。 脇の階段から社殿まで行けたかな? やはり急階段を気をつけて登る。 振り返る。 登った所に絵馬殿。 絵馬殿東側。 絵馬殿内部。 絵馬殿から拝殿を見る。 拝殿でお参り。 拝殿裏の本殿。 西側に湧水があるらしい。 社殿西側の摂末社群。 末社厳島神社。 御祭神は、市杵島姫命。 登る。 末社西二社と西五社。 西二社。 西五社。 今度は境内東側へ。 末社東三社。 稲荷神社が2つある。 大神宮。 御祭神。 摂社菅原神社。 菅原道真を祀る。 牛くんです。 神牛と瑜伽神社への階段。 社務所。 急階段を登る。 途中で一休み。 ふぅ〰 さらに登る。 摂社瑜伽神社。 下りる。 鳥居を見下ろす。 拝殿と絵馬殿を見る。 さらに下りる。 視界が開けてきた。 町を見渡す。 隋身門を見る。 振り返る。 ちょうど秋祭の練習をしている最中でした。 粒坐天照神社を後にする。 少し西に行った所(たつの市揖西町小神542)に境外摂社(中宮)古宮神社があります。 祭神は天照国照天彦火明命。 ここは旧社地。 普段は参拝できないようだ。 北に聳える的場山を見る。 中腹に境外摂社(奥宮) 天津津祀神社がある。 祭神は天照国照天彦火明命。 最後に御朱印。 揖保(いぼ)の地名の語源とも言われる粒坐天照神社でした。 |
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2013年12月06日
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