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登城日 2014年 1月 4日(土)晴 難易度 ☆☆ 場所 山梨県韮崎市穴山町 JR穴山駅の案内板。 穴山氏の居館は、約2kmとのこと。 駅前広場から能見城へ向かう途中。 民家の壁に説明板があります。 説明板。 重久公民館の手前を右折。 そのまま道なりに進む。 北には重森山。 麓に氏神様だった若宮八幡があったと云う。 突き当たりに穴山氏の居館跡地が見えてきました。 跡地には小さな説明板があるのみ。 【穴山氏居館跡 桟敷】 甲斐国誌に次の如く記載あり 「次第窪・重久ノ間・桟敷場ト言処ニ東西四町・南北三町ノ地」 とあって、この台地周辺一帯が穴山氏宅地跡と言われている。 特に史跡らしいものを見つけることは出来ませんでした。 詳しくは韮崎市教育委員会の調査報告書で。 また、東へ七里岩を下って行くと、満福寺に穴山氏の墓がある。 (おまけ) 穴山氏の居館よりもこちらの方が気になってしまった。
妙に直線の土地。 しかも、北側は立ち入り禁止。 南側は一直線の道。 掘割。 振り返る。 しばらく進んで視界が開けた。 掘割を振り返る。 また小さな掘割。 緩やかなカーブ。 振り返る。 この辺りからこの道はただの道では無いと確信。 農道と合流。 ここは右側を進む。 左側があまりにも急カーブだったので。 西へ向かって進んでいます。 七里岩ラインと交差。 その先は中央本線に突き当たる。 振り返る。 左の道は、行きに通った道。 唯一見つけた遺構。 架線柱の基礎かな。 それとも踏切の跡かな。 帰宅後調べたら、中央本線旧線の跡でした。 |
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2014年10月17日
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