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登城日 2015年 5月 5日(火)晴
難易度 ☆
場所 栃木県下野市下古山957
最寄駅はJR宇都宮線石橋駅です。
グリムの森の西にある、
ふれあいの郷を目指します。
ここに案内板があります。
すでにここは城内。
ふれあいの郷の西側に外堀跡。
北を見る。
南を見る。
外堀の南東隅に説明板。
栃木県指定史跡【児山城跡】
昭和36年5月6日指定
この城跡は、姿川東岸の台地上に、谷や丘陵をたくみに利用して築かれた平城で、本丸の堀と土塁がほぼ完全な形で残されています。
土塁の四隅は他の部分に比べ、高く築かれていて櫓があったと考えられます。
本丸以外にも、周辺には部分的に堀や土塁が現存していて、城の範囲はかなりの広さであったと想像されます。
本城は、鎌倉時代後期(13世紀後半)に宇都宮頼綱の四男多功宗朝が、その二男(または三男)朝定にこの地を分封し、築城したと伝えられています。
図書館の本にあった縄張図。
華蔵寺入り口に土塁跡。
外堀を跨ぐ。
本丸南東隅櫓台。
内堀東側。
内堀南側。
内堀南側を進む。
外堀南側。
内堀を跨ぐ。
東を見る。
西を見る。
土塁上から本丸を見渡す。
説明板。
【児山城跡】
中世土豪の城跡で、高さ3〜3.5メートルの土塁が東西に比して南北に長く、北より南が張ったやや不整形な矩形状に築かれ、周囲には6〜9メートル巾の水濠がめぐり、南側では更に25〜30メートル外側に巾約3メートルの周濠跡をとどめている。
石橋町教育委員会
本丸の周囲を土塁が廻る。
南西隅は土塁が壊れている?
虎口?
土塁上を歩く。
西側の内堀を見下ろす。
北西隅の櫓台に登る。
内堀を見下ろす。
北側の土塁を進む。
ちょっと進んで振り返る。
北東隅の櫓台。
下りて土塁を見る。
東側の土塁を進む。
東側の内堀を見下ろす。
ちょっと進んで振り返る。
進む。
東側の内堀を見下ろす。
本丸を見下ろす。
南東隅の櫓台に登る。
説明板があった辺りを見下ろす。
南東隅櫓台から本丸へ入って来た所を見る。
南西隅から本丸を出る。
土橋っぽい。
南側の内堀を見る。
南側の外堀を見る。
華蔵寺へ。
本堂。
弘安6年(1283)児山城初代城主である児山三郎左衛門尉朝定が、宇都宮一向寺の一道上人を招き、児山城二の丸に堂宇を建立し、児永山光明院大通寺と称したのが最初。
その後、建武元年(1334)永尊上人に児栄山実勝院華蔵寺として再建された。
薬師堂と聖天堂。
児山氏供養塔がある。
山門から出る。
脇に栃木県史跡児山城跡の碑。
寺の東側の住宅地。
南北に土塁が伸びる。
土塁。
覗いてみると奥にも土塁。
かな?
児山城跡の矢印のある交差点。
字北城の方へ進む。
土塁が隠れているかも?
字北城を進む。
星宮神社。
この辺りが北限かな?
トトロ。
境内へ。
境内の様子。
御朱印。
星宮神社から南へ進む。
本丸の西に位置する南北に延びる土塁。
この辺りは西木戸と呼ばれる所。
西木戸から本丸を見る。
本丸の北側。
字中城付近。
これも土塁かな?
横から見る。
西木戸の土塁を別角度で。
西木戸西側の南北延びる土塁を内側から見る。
土塁の外側を南へ進む。
少し進んで振り返る。
ちょっと本丸側へ入る。
土塁かな?
さらに南へ。
これも土塁?
電波塔。
稲荷塚古墳付近が南限かな?
この川は堀跡?
石橋中学校跡。
ここには横塚古墳があった。
説明板。
古写真を拡大。
城跡が解るような。
児山城を後にする。
本丸が良く残る児山城でした。
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