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ヤフー知恵袋
「大聖人様の「少欲知足たらん僧こそ真実の僧」との仰せに反し、
贅沢三昧の生活をした貫首を、「僧宝」と教えるのはなぜですか?」
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail.php?qid=1420668529
に対する、日蓮正宗法華講ichigoichiebukuroさんの回答に対する返答。
>日蓮正宗法華講の者です。
あなたは何を信仰の対象としているのですか??
「法により人によらざれ」です。
お待ちしておりました。^^
仰る通り!「法に依って人に依らざれ」です!
>誰が大聖人様より猊下を基準にしているのですか??
嘘を言わないでください。
例えば、あなたとか^^
以下の事実が、その証拠です。
>>現日蓮正宗では、「代々の貫首すべてが『僧宝』」だと教えていますが、
>今も昔も変わりません。
当家三衣抄をお読みください。
まず「貫首『すべて』が」僧宝であることを証明するためには、
第一番目、別しての僧宝たる日興上人の文証をだすべきです。
次に、「大聖人様の御金言に反していようとも僧宝であり続ける」根拠を日蓮大聖人の御書、そして、日興上人の文証より提示すべきです。
なお、日興上人は、日興遺誡置文に
=
一、先師の如く予が化儀も聖僧為る可し、但し時の貫首或は習学の仁に於ては設い一旦の・犯有りと雖も衆徒に差置く可き事。
右の条目大略此くの如し、万年救護の為に二十六箇条を置く後代の学侶敢て疑惑を生ずる事勿れ、此の内一箇条に於ても犯す者は日興が末流に有る可からず。
=
と明確に遺戒されています。
聖僧とは、少欲知足の僧のことです。
この明確な遺誡を覆せる宗開両祖の文証を提示すべきです。
>仮に御法主様がそのようなところに行かれても、私個人としては全く問題ないと思いますし、御法主様がけしからんと憤慨する人はほとんどいないでしょう。
しかもほとんどが学会問題がおきた以前の話です。
猊下主催のものもあるでしょうが、入仏法要などはお招きになられたものでしょう。
猊下様のお立場の方なら一流料亭になるのは当然です。
あなた個人としての問題ではないのです。
あなたが基準とすべき法(御書)に、「少欲知足の僧こそが真実の僧」とあるのです。
あなたは、大聖人様の御書を基準にしているつもりで、実際は、貫首や自分を基準にしています。
「少欲知足」とは、「真実の僧」である大聖人様の生き方そのものです。
最初の法主の立場であられる大聖人様が、一流のどこへ呼ばれ宴会しましたか?
御書から文証をあげてください。
>御供養は仏様にお供え申し上げるものです。
万が一御供養の使途が不純であるなら、猊下様は大聖人様からお叱られになられます。
仏様とは、大聖人様です。
大聖人様は、広宣流布のことしか考えられておりません。
ゆえに、すべての御供養は、広宣流布のことのみに使うべきです。
あのようなところで宴会することのどこが広宣流布ですか!
大聖人様がお叱りになるから放置してよいのであれば、折伏など要りません!
*置いてせめずんば、師檀ともに無間地獄は疑ひなかるべし*
が大聖人の精神です!
「置不呵責の置」をなんと考えているのですか。
>信徒である我々が云々することではありません。
日興遺誡置文に
*衆議為りと雖も仏法に相違有らば貫首之を摧く可き事*
と書いてあります。
「衆議があってはならない」とは、どこにも書いてありません。
絶対の僧宝である日興上人は、衆議を当然とされています。
仏法(御書)に相違しない衆議であれば、貫首は、衆議を受け入れなければならないのは、当然です!
信徒であるあなた達が云々すべきことなのです。
御書を基準とする民主主義が、日興上人のお心です。
>もう一度御供養の精神を考え直された方が良いです。
こういうくだらないことで、誹謗・中傷するあなた自身の信心の程度がどれぐらいだったかわかります。
御書に反する問題のどこがくだらないことですか!
御書に反する生き方の貫首を、「僧宝ではない」と正しく評価することの、どこが誹謗、どこが中傷ですか!
大聖人様の御遺命である広宣流布のための供養であり、
贅沢三昧の貫首に使わすものではありません!
>あなたは元創価学会員となっていますが、上の主張は学会の受け売りです。
贅沢したから、猊下が謗法とは意味がわかりません。
学会にも属さない、日蓮正宗にも属さないあなたが何を言いたいのかがわかりません。
まったく受け売りではありません。
普通に御書を読み、普通に思考し、普通に判断できることです。
あなたは、邪教の害毒により簡単な物事の道理が分らなくなっているだけです。
>あなたもブログも拝見しました。
>>どなたか、「在家の立場からすると、代々の貫首も『別して』の僧宝」である文証をだしてください。
文証があるならば、勉強不足を認め、謝罪、訂正いたしましょう!
>とありますので、文証を出しましょう。
>総本山第26世日寛上人は、
私の立場を無視し、切り文ですか。
私は、
=
御書のどこにその文証があるのだろうか?
日興上人の文証があるのだろうか?
=
と書いています。
大聖人の御書を覆せるのは、大聖人の言葉以外にありません。
少なくとも、日興上人の文証で考え合わせるぐらいです。
>「南無僧とは、若し当流の意は、(中略)南無本門弘通の大導師、末法万年の総貫首、開山・付法・ 南無日興上人師。南無一閻浮提の座主、伝法・日目上人師。嫡々付法歴代の諸師」 (当家三衣抄 六巻抄225)
>「嫡々付法歴代の諸師」と御指南です。
御歴代御法主上人も僧宝に含まれると仰せですよ。
いかがでしょうか?
だれが、「総じての僧宝ではない」と書きましたか。
ビデオの中で「在家の立場からすると、代々の貫首も『別して』の僧宝」
と教えている事に驚いているのです。
しかも、あなたがあげたものは、貫首の書いたものであり、私に対しては的外れで問題外です。
さらに、あなたにとっては、問題のある文証です。
「末法万年の総貫首、開山・付法・ 南無日興上人師。」
とある通り、「別しての僧宝」は、永遠に日興上人お一人だと解ります。
永遠に「別しての僧宝」日興上人がおられるのですから、他の貫首が「別しての僧宝」になることはありえません。
嫡々付法歴代の諸師に日顕氏はまだおりません。
嫡々付法歴代の諸師には、「南無」しておりません。
ましてや、「付法」されている証拠のだせない貫首においておやです。
>浅識謗法丸出しで、一知半解の者が、嘘を並べ根拠なき誹謗・中傷は厳に慎むことです。
と言う事で、「浅識謗法丸出し一知半解の者」は、あなた御自身のことですね。^/^
折伏行を「誹謗・中傷」などと誹謗・中傷すれば、頭破七分ですよ。
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さて貴殿の反論だが、まず貴殿は元創価学会員となっているが、答える前に一体何宗の教えなのか名乗ってみよ。
創価学会員でもなければ、顕正会でも身延でもない。
貴殿の立場を明確にせよ。
何を本尊とし、何を修行し、何を目的としているのか明確にせよ。
私は日蓮正宗の信徒であるが、そちらは一体何宗なのか明確に答えよ。
貴殿の元所属していた創価学会も日蓮正宗の派生集団に過ぎない。
貴殿は創価学会も批判しているようであるが、日蓮正宗誹謗の内容や動画のソースはすべて創価学会の受け売りでしかない。
しかも、すべては日蓮正宗の教義を取り入れている法盗人創価学会のさらに盗用である。
盗人から出た盗人がさらに盗用する極悪盗人であると指摘しておく。
貴殿は創価学会も批判してカモフラージュしておるようにみえる。
貴殿はニセ本尊を拝んでいるようだが、大聖人様、日興上人様が、在家が本尊を勝手に作成しても良いなどという文証があるなら出してみよ。
2008/11/26(水) 午前 9:44 [ ichigoichiebukuro ]
こちらでは、はじめまして。元創価学会活動家の「考える人」と申します。
あちらでの御返答有り難うございました。<(_ _)>
またまた、挨拶も自己紹介も反論もできず、質問返ししかできない方の登場ですか。
この時点で、あなたは、すでに大聖人の門下どころか社会人として敗北しているのです。
私の立場です。
http://blogs.yahoo.co.jp/kangaeruhito777/20151513.html
質問返しでカモフラージュし、反論できないなら、お帰りください
2008/11/26(水) 午後 0:15 [ 考える人 ]
>>どなたか、「在家の立場からすると、代々の貫首も『別して』の僧宝」である文証をだしてください。
文証があるならば、勉強不足を認め、謝罪、訂正いたしましょう!
>とありますので、文証を出しましょう。
との貴殿の指摘だが、そのページに関し、貴殿の「別して」の部分を飛ばして読み、貴殿が代々の御法主様が「僧宝」全体否定をすると思い込み、日寛上人の御指南をあげ、回答してしまったので、この部分は訂正する。
ただし、貴殿は総じての僧宝ではないと書きましたかと言っておるが、知恵袋の質問やこのブログの全体を通してみれば、御法主日顕上人猊下個人を誹謗・中傷しており、僧宝たる御法主上人猊下を否定しておるので、どのみち日寛上人の御指南にある通り貴殿の主張は邪義である。
それに関連して貴殿のブログを引用し、当家三衣抄を出し、答えたものである。
2008/11/26(水) 午後 1:03 [ ichigoichiebukuro ]
そもそも文証は日蓮大聖人と日興上人の文証のみ受け付けるとは、貴殿だけの誠に自分勝手な我見である。
前もって私の立場を明確にしておきますなど、予め自分の都合の良いルールを作って待ってましたとばかりに自らの土俵だけで相撲を取る卑劣なやり方である。
ちなみに貴殿が引用している、日興遺誡置文は総本山第六世日時上人の写本である。貴殿の論理だと用いることができないではないか?
日蓮大聖人様の正統門家である日蓮正宗は相伝仏法である。
その宗是は、どこまでも本門戒壇の大御本尊と唯授一人血脈相承を絶対の信とするものである。
故に、御書も法門も全て、唯授一人血脈相承の御法主上人猊下を通して拝し、その御指南に信を取るのである。なぜならば御歴代御法主上人を遡れば、日目上人・日興上人・そして日蓮大聖人と辿り着くのである。唯授一人血脈相承があったならばこそ、我々信徒は正しく大聖人様の教えを拝せるのであって、貴殿がどんなに逆立ちしようが代々の御歴代御法主上人猊下を差し置いて日蓮大聖人様・日興上人様に直結はできないのである。
2008/11/26(水) 午後 1:05 [ ichigoichiebukuro ]
敢えて貴殿に問うが、日興跡条々事により、一切を御相承あそばされた日目上人は貴殿の立場でいうと一体どのようなお方になるのだ?
日興上人から御相承あそばされた日目上人はさらに日道上人、日行上人へと以来700余年、現御法主第68世日如上人猊下に連綿と伝わってきておるのである。
唯授一人血脈相承を否定することは、日蓮大聖人を否定することになる。
ご希望の日興上人の御指南である。刮目よく見るがよい。
このほうもんは、しでしをたゞしてほとけになり候。しでしだにもちがい候へば、おなじほくゑをたもちまいらせて候へども、むげんぢごくにおち候也。と御指南である。
師弟子をたださない貴殿は同じ法華を持とうが無間地獄に堕ちると日興上人が御指南である。よく肝に銘じるべきである。
2008/11/26(水) 午後 1:18 [ ichigoichiebukuro ]
さて、貴殿が反論できず質問返ししかできないなどと言っておるので以下破折する。
先師の如く予が化儀も聖僧為る可し、但し時の貫首或は習学の仁に於ては設い一旦の・犯有りと雖も衆徒に差置く可き事。
貴殿は本当に意味が解っているのだろうか?
先師の如く予が化儀も聖僧為る可しの文だけで、但し以下の御文は何と書いてあるのかお解りか?
特に最後に差置く可き事とあるではないか??
>この明確な遺誡を覆せる宗開両祖の文証を提示すべきです。
などと言っておるが、末文に差置く可き事とあるので、
まったく覆す必要など無いのである。
以下第66世日達上人の御指南である。
日興上人の日常の御振舞は大聖人の如く聖者の御振舞で決して本門の大戒を犯すことはないのであるが、後学の人々は、一門を率いる貫主でも或は学問僧でも、たとい時に依って不邪婬戒を犯しても、そのまま僧侶としてよろしいの意である。日興上人の慈悲の偉大なる所が躍如として居るではないか。
とこれは不邪淫戒の御指南である。
御文を我意・我見で判断するからこのような間違いを犯すのである。
2008/11/27(木) 午前 10:13 [ ichigoichiebukuro ]
>あなた個人としての問題ではないのです。
>あなたが基準とすべき法(御書)に、「少欲知足の僧こそが真実の僧」とあるのです。
>あなたは、大聖人様の御書を基準にしているつもりで、実際は、貫首や自分を基準にしています。
>「少欲知足」とは、「真実の僧」である大聖人様の生き方そのものです。
>最初の法主の立場であられる大聖人様が、一流のどこへ呼ばれ宴会しましたか?
>御書から文証をあげてください。
僧宝を否定する理由が、宴会とは笑止千万である。
しかし実にくだらないことを問題にしておるが、最初から個人的な見解を述べたのものであるので、特に反論するまでもない。
>大聖人様は、広宣流布のことしか考えられておりません。
>ゆえに、すべての御供養は、広宣流布のことのみに使うべきです。
>あのようなところで宴会することのどこが広宣流布ですか!
>信徒であるあなた達が云々すべきことなのです。
御自分の家計を云々するならわかるが、
信徒でもない貴殿が御供養の使途に云々すること自体、世間の笑い者である。
余計な御世話だと一蹴しておく。
2008/11/27(木) 午前 11:14 [ ichigoichiebukuro ]
>日興遺誡置文に
>*衆議為りと雖も仏法に相違有らば貫首之を摧く可き事*と書いてあります。
>「衆議があってはならない」とは、どこにも書いてありません。
>絶対の僧宝である日興上人は、衆議を当然とされています。
>仏法(御書)に相違しない衆議であれば、貫首は、衆議を受け入れなければならないのは、当然です!
衆議を当然とされている?
何を寝呆けておるのだ?
末文に「貫首之を摧く可き事」とあるではないか!
どの部分を読んで、衆議を受け入れると解釈するのだ?
>御書を基準とする民主主義が、日興上人のお心です。
貴殿のような御書を自分なりに解釈し、無知蒙昧な不相伝の輩が、日興上人のお心を云々することなどできるはずはないのである。
御書には、文底・文上・総別・与奪・元意と附文などきちっと立て分けがあるのである。
他宗においても、不相伝によりその拝し方がバラバラであるが故に御書を正しく拝せないのである。
2008/11/27(木) 午前 11:40 [ ichigoichiebukuro ]
故に、唯授一人血脈相承の御相伝の上から拝することが最も大事なのである。
信徒は当然、時々の御法主上人の御指南に信伏随従してはじめて、正しく信心の血脈が流れ通うのである。
すなわち「信心の血脈なくんば法華経を持つとも無益なり」
である。
貴殿の立場は、私が正しいなど増上慢の極みであり、法体の血脈からも離れ、信心の血脈からも離れ、信心を持つとも無益なのである。
「汝早く信仰の寸心を改めて速やかに実乗の一善に帰せよ」
と御金言の如く、貴殿が信仰の寸心を改め、再び正法に帰依されることを切に願う。
以上
2008/11/27(木) 午前 11:42 [ ichigoichiebukuro ]
あまりにあなたの言い訳が長く、私の返答も長くならざるをえなく、
「日蓮正宗法華講ichigoichiebukuroさんの回答に対する返答。その2」に新規投稿いたしました。
http://blogs.yahoo.co.jp/kangaeruhito777/20459626.html
宗開両祖の文証で短くズバッと破折してください。
2008/11/29(土) 午前 0:53 [ 考える人 ]
まず貴方には感謝が無い。南無妙法蓮華経宗は結構だが、しかしあなたはどちら発刊の御書を有り難く使っておられるのか?曼荼羅はどちらで授与されたのか?もし本当に南無妙法蓮華経宗をされているならば御書も御自分で編集刊行されて自宗発刊の御書をお使いになられるとよろしいのではないのか?曼荼羅も自宗で定めた曼荼羅を使えばよろしいのではないのか?貴方は現在どちらの曼荼羅を使って南無妙法蓮華経宗を名乗っておられるのか?たとえそれが日蓮正宗のものであっても学会のものであっても日蓮宗のものであっても、自宗に本尊なき非常に迷惑極まりない宗派だとしか言いようがない。邪教と言ってはばからない教団発刊の御書を有り難く利用しながら悪く言っているがはっきり申し上げれば滑稽極まりない。もしあなたが感謝という事を言葉だけでなく身を持って判っているならば、どこの教団のおかげで私は現在御書が拝読出来ていますぐらい言うのが筋でしょう。
感謝も無く批判ばかりして悦に浸る宗教などマスターベーションをするタダのエゴ宗でしかありませんね。批判の為の批判。あなたの教団は、南無マスターベーション宗シコシコ派とでも名付けておきましょうか。
2012/7/17(火) 午後 6:25 [ shunki011 ]
全くその通りでございます。創価学会や正信会などは 血脈もなく ただのエゴイスト集団です。唯受一人の血脈を否定するなどは天満の所為と断罪しておきます。日如上人様の事は我々 法道院信徒がよく存じ上げております。素晴らしい猊下様ですよ 質素なお食事をされておりました。お持ち物も贅沢な物は持っておりませんでしたよ 御隠尊猊下様の血脈は日達上人様の奥番の方や重役がキチンと証言されて居ます。
2014/5/20(火) 午後 2:21 [ クラリス ]