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本からの「けさの一句 」

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弥生1・2日

下町は雨に成りけり春のゆき   正岡 子規


 平明な俳句である。降り始めは雪だったが、下町はやがては雨になったという。春の雪の特色を良くつかんでる。子規は東京の下町である根岸に住んでいあ。明治26年の作で、同年作に「思いだし思いだしふる春の雨」前年には油断して雨になりけり春の雪」の一句。模索の時期の作で、やがて掲出句のような写生句へと進んでゆく。明治30年にはすでに病床六尺の世界だが、「春になりて二度目の雪や二三尺」と詠む(季語 春の雪)村上 護

1867〜1902。伊予松山生まれ。俳句革新により近代俳句の祖と目される。『俳諧大要』のほか、数種の『子規全集』。


酒止めようかどの本能と遊ぼうか   金子 兜太


 「梁塵秘抄」に収める古い歌謡に「遊びをせんとや生まれけむ、戯れせんとや生まれけん、遊ぶ子供の声聞けば、我が身さへこそ謡るがるれ」というのがある。人間は遊ぶことを本能として持つ動物であるらしい。酒を飲むのもそのひとつだが、肉体の方が受け付けなくなることがある。といって、遊ばずにはいられない。俳句に熱中した若き日は、「夏の山国母いてわれを与太という」の回想句がある。(無季)村上 護

1919〜埼玉県生まれ。「海程」主宰。日本芸術院会員。句集『少年』『詩経国風』など。

27・28日

またたきて枯木の中の星は春   松本 たかし


 星に春の風趣を感じての作である。冬の星は荒星、星冴ゆるなどとも言うが、春の星はとげとげしさがない。地上はまだ寒気がみなぎっている。春とは名ばかりで、枯れ木ばかりで寒々しい。そんな夜空をみあげての感懐だろう。(またたきて)は星がちらちらしてるのを言うが、枯れ木との取り合わせで早春の景を的確に詠んでいる。注目すべきは(星は春)の表現で、いち早く星の光に春を見つけたのだ。(季語 春星)村上 護

1906〜1956 東京生まれ。「笛」創刊主宰。句集『松本たかし句集』『鷹』など。


火の国の娘を詠める歌牡丹の芽   加藤 三七子


 だ寒気の残る早春に、枯れ枝の先から燃えるような朱色の若芽が吹き出している。牡丹の芽だ、。たくましく目立つ存在である。たとえれば(火の国の娘)ということか。火の国は「肥後の国」(肥前・肥後)で、特に肥後熊本を指すことが多い。掲出句で話題の歌はどんな内容なのだろうか。おそらく肥後の女性の女丈を詠んだもの。それとの縁で炎のような牡丹の芽を取り合わせたのだろう(季語 牡丹の芽)村上 護

1925〜2005 兵庫県生まれ。「黄鐘」創刊主宰。句集『万華鏡』『恋歌』など。

24・25・26日

一つのコール春月に祈りも一つ   金子 皆子


 前書に「コール通じて嬉し」とある。コールは電話の呼び出しだが、それは助けを求める叫びでもあった。最近刊の第四句集『花恋』に所収の一句。作者はこの七年間、悪性腫瘍・癌に冒されて死の淵もさまよった。そんな闘病生活における絶唱ともいえる1186句うちの一句である。危機を伝えるのに現代なら電話だが、取り合わせて(春月に祈り)というのは印象的である。(季語 春月)村上 護

1925〜2006埼玉県生まれ。金子兜太夫人。「海程」同人。句集『むしかりの花』『黒猫』など。


淡雪やかりそめにさす女傘   日野 草城


 20代半ばの作で、まだ青春性も横溢な艶っぽい俳句だ。「けふよりの妻と来て泊つる宵の春」など一連の新婚初夜を詠んだ「ミヤコ ホテル」以前の前硝となる句作だ。(かりそめ)とはその時かぎりのこと。それは降るそばから消えて積もることがない(淡雪)のはかなさと相通ずる。付き合っている女性からたまたま借りた女傘だが、彼女との関係も長続きしそうにない空しさを暗示する。(季語 淡雪)村上 護

1901〜1956 東京生まれ。「青玄」創刊主宰。句集『花氷』など。『日野草城全句集』。


朝寝して猫へもなんとなくお世辞    北川 英子


 なぜか朝寝坊は罪悪感にとられる。その分奨励されてきたのが早起きだろう。「早起きは三文の徳」といわれ、「早起き三両、倹約五両」などともあおり立てた。朝寝していては金持ちになれそうもないが、それ以上に負い目を感じるとというのがおかしい。あるいは朝帰りのうかれ猫にまで、心にもない(お世辞)を言うことになってしまうのはむなしい。悲喜こもごもの人生だが朝寝は本当に悪いのか。(季語 朝寝)村上 護

1931〜滋賀県生まれ。「沖」同人。句集『八荒』。

22・23日

空に光りの湯の面にありぬ二月風呂   芝 不器男


 
特定の二月風呂というのはない。時候の特色として二月を詠んだ句で、露天風呂に入浴しての作だろう。まだ日のあるうちに一風呂浴びたか。暦の上では春だが、寒さはなお厳しい。けれど光は熱より地上に届くのが一ヵ月ほども速く、光の春は湯の面に映っている。温かい湯の中でそれを見るなら、視覚と体感との間にずれは少ない。あるいは光と熱の時間差を意識しながら、いわゆる情懐として写生した一句だ。(季語 二月)村上 護

1909〜1930 愛媛県生まれ。高浜虚子門。句集『不器男句集』『不器男全句集』。



とするまに水にかくれつ薄ごほり   炭 太祇


 上五の(とするまに)の(と)は、それと指示・引用する意を表す助詞。けれど前部を省略しているから詳しい内容は分からない。春先になって寒さが戻り、うすうすと氷の張ったのが珍しく、すくいあげようとしたのだろう。その瞬間に手からすり抜けて、薄氷は隠れてしまった。もちろん意志があって氷が逃げたわけではないが、氷とも分かちがたいはなない存在を詠む。思い切った省略が面白い。(季語 薄氷)村上 護

1709〜1771 江戸の人。京都島原に居を定める。蕪村と親交。句集『太祇句選』など。

20・21日

紅梅喜憂縄文近き遠きかな   河野 多希女


 情勢が変わるたびに喜んだり心配したり、気を揉むことが喜憂である。梅は清楚で気品高く、百花にさきがけて咲く。けれど紅梅は白より花期がやや遅い。その差異を心理的に言い溜めたのが芭蕉の句「紅梅や見ぬ恋つくるたますだれ」だろう。冷ややかな白梅では恋の句にならない。提出句も同様で花の色香は移ろいやすく一喜一憂。それも遙かな(縄文)を持ち出して時間の止めがたさ、はかなさを詠む。(季語 紅梅)村上 護

1922〜神奈川県生まれ。河野南畦夫人。「あざみ」主宰。句集『花の韻』『戀句流麗』など。


粉乳とパンの廊下をやよ忘るな   摂津 幸彦


 一種のパロディー俳句である。下五の(やよ忘るな)は卒業式の歌(あおげば尊し)第二番の一節だ。「互いにむつみし日ごろの恩別るる後にもやよ忘るな」提出句は「わが師の恩」「日ごろの恩」でなく、給食の(粉乳とパン)だ。昭和29年に学校給食法が施行され曲がりなりににも欠食児童はいなくなった。準備で係りになると、がたぴしした廊下を行き来したのが懐かしい。貧しくても今ほど暗くなかった。(無季)村上 護

1947〜兵庫県生まれ。「豈」創刊代表。句集『烏子』『陸々集』など。

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