在日韓国人が物申すブログ

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ヘイトスピーチ

差別的な言動のことを、横文字でヘイトスピーチって言うんですね。今まで知らなかったです。(笑)

最近はインターネットがどんどん普及してきて、在日韓国・朝鮮人に対する誹謗中傷が多く見られているようです。

このような差別的な言動を法で規制するかどうかということが、また難しい問題のようです。人権侵害や差別を助長する言動はよくないという考えと、言論・表現の自由という考えが対立するというわけです。

私個人の考え方はというと、ある程度は規制すべきでしょうね。だってなんでも自由なら犯罪でも何でもOKになっちゃいますから。

ウィキペディアを見てみると、外国ではヘイトスピーチを法で取り締まっている国もあるようです。
とくに、カナダでは「肌の色や人種、宗教、民族的出自、性的嗜好により区別される集団に対する嫌悪を煽動した者は最低でも2年、最高で14年の懲役刑となる。 」そうで、けっこう刑が重いですね。

日本はというと、とくに取り締まる法律がないそうです。放置プレイ状態。たしかに在日などのキーワードで検索すると、差別用語や変な理屈で在日韓国人を誹謗中傷しているサイトがすぐに見つけ出せます。

米国やヨーロッパで規制が進んでいるのに、なぜ日本は野放しなんでしょうか。韓国ではどうなってるんでしょうね。

やっぱり欧米は、古くから多民族な状態に慣れていて、考えが発達しているのでしょうか。

日本では韓国併合後たかが100年程度で、しかも民族問題といってもマイノリティ問題だけだから、あまり社会的に盛り上がらないのかもしれませんね。

自分達中心の歴史認識

日韓の過去の歴史には様々な悲劇がありました。
民族性の強要、自由の制限と不平等、基本的人権の軽視、参政権なき統治、奴隷的使役など。

ここで重要なのは、他者の悪いところを探す前にまず自分の何が悪くてこのような悲劇的な歴史をたどることになったのかをよく考えることだと思います。
侵略者側が道徳的に悪くなかったと言っているのではありません。
侵略は悪かと言われれば間違いなく悪です。
それはどうやっても言い逃れできるものではありません。
相手側のこともよく知るべきであり、なんらかの働きかけは必要です.
しかし結果は一方的な働きかけだけに因るのではなく双方の相互作用で引き起こされるものです。
アメリカは日本から矛先を向けられましたが日本からの侵略から逃れることができました。



侵略者側だけに注目して歴史を考えるだけでは自分達の将来に益することは少ないと思われます。
アメリカ人は日本に矛先を向けられたから自分達は不幸になったとは決して言わないでしょう。
日本に悪意を向けられたが自分達が主体となって日本の帝国主義をつぶし、平和主義を生み出してやったのだと答える人がほとんどなのではないでしょうか。



他者のせいにして他者の責任を追及することはある意味、気分が楽なものです。
しかし、自分達の責任を追及することなしに、将来の自分達の成長や変身はありえないと思います。
他者の責任にしたところでおそらく、他人は何もしてくれません。
責任を追求して非難に非難を重ね、それに莫大な時間を費やしても首相の参拝ひとつやめさせることはできていません。



過去の日本による朝鮮支配を許した背景として、朝鮮民族にどのような責任があるのか、朝鮮民族が何をしたのでこのような悲劇が起こったのか、軍事の不備、団結力の欠如、近代化を遅らせた先見性のなさ、他罰的な傾向など、考慮すべきことはたくさんあると思います。

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『自分の欲求に従う限りは、民族性は完全に自分の自由である。』

ということが言えると思われます。

今までの考察からわかることは、誰でも、親の民族性を保ちつづけなければならない理由もなければ、完全に捨て去らなければならない理由は何もないということです。むしろ、他人の民族性はこうでなければならないと考えることは基本的人権に反することであり、望ましくないと考えられました。

民族性は自分の欲求に沿うようするならば、保持しようと変えてしまおうと、どのような事柄とも矛盾することなく、自分以外の他のどのような人からもとやかく言われる筋合いもなければ、自分の尊厳を失うということもないと考えられます。

しかし、何らかの不当な圧力に屈して民族性を決めるようなことがあれば、安全と引き換えに尊厳を自ら投げ捨てる結果となるかもしれません。

『他国に移民した場合でも、もとの国の民族性を捨て去り、子々孫々まで移民先に完全に同化しなければいけないということはない。』

ということが言えると思います。このことを証明するために、

命題A 「他国に移民した場合、もとの国の民族性を捨て去り、子々孫々まで移民先と完全に同化しなければならない。」

という命題が真であると仮定します。

この場合、ある人が他国に移民して、もとの国の民族性を完全に捨て去り、移民先の民族性を完全に受け入れて同化したとします。

しかしその子供は、前回の命題『必ずしも親の民族性は完全に受け継ぐ必要はない。』ので、移民先と完全に同化せずとも良いことなり、最初の命題と矛盾します。

だから、命題Aは否定され、
『他国に移民した場合でも、もとの国の民族性を捨て去り、子々孫々まで移民先に完全に同化しなければいけないということはない。』

という結論が得られます。

民族性を変えてもいいのかどうかを考察するために、

「親の民族性は完全に受け継ぐべきである。」
という仮定をしてみます。

この場合、親の言語、親の文化、親の歴史的運命、すべて引きつがなければならないということになります。

しかし仮に、ある人が、どこかの国に移民したとすると、場所によっては同じ民族の人が一人もいない環境に置かれ、言語、文化、歴史的運命を十分引き継ぐことが不可能な状況に置かれてしまい、結果、最大限の努力をしても完全に民族性を引き継げないことになります。

つまり、『親の民族性を完全に受け継ぐべきならば、移民してはならない。』

ということが言えると思われます。

これは、生活する土地は自由に選べるという基本的人権に反する行為ですね。
基本的人権と照らし合わせて矛盾することになります。

私は基本的人権は、道徳に反することをしないならば、絶対に尊重されるべき人間の原理原則であると考えています。

だから、最初の仮定「親の民族性は完全に受け継ぐべきである。」は否定され、

『必ずしも親の民族性は完全に受け継ぐ必要はない。』

という結論が得られます。

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