在日韓国人が物申すブログ

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在日の取るべき態度

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自分の尊厳を自ら放り投げることのデメリットは何かを考えてみます。

「尊厳」は「プライド」とほぼ同じ意味のつもりです。

そして、「自分の尊厳を自ら放り投げる」とは、「自己卑下」とか、「卑屈」などとほぼ同じ意味であると思います。また、尊厳を放り投げると、自信をもなくし、本来の自分の価値を低く設定することも伴うと思われます。

卑屈になるといったいどういうデメリットがあるのか?
まず、「尊厳を失うことによる不快感」があると思います。誰でもプライドのない状態を快いとは思わないでしょう。自分に自信がなくなり、自分の価値を本来よりも低く見積もるようにもなります。自信をなくしたときのあの何ともいえない不安な気持ち、情けない気持ちは誰でも多かれ少なかれ経験したことがあると思います。

また、「他人からの侮辱を受けやすくなり、侮辱されても文句を言えない。」というデメリットがあると思われます。なぜなら、他人から侮辱される前に、自分がすでに自分を侮辱しているからです。自分で認めているのだから他人からのあざけりを受けやすく、かつ侮辱されても自分でそれを認めているのだから文句を言いようがありません。

さらに、誤った自己認識は自分の行動力まで制限するのではないでしょうか。自信のなさは自分の仕事や人付き合い、生活の至る所まで慢性的な悪影響を及ぼすと思われます。自分で自分の行動力や行動範囲を制限してしまい、いつも下をむき、びくびくと人の顔色を見ながら生活するような情けないことにならないとも限りません。

つまり、

『自分の尊厳を自ら放り投げることによるデメリットは、
  1)精神的な悪影響:自信をなくし、プライドをなくし、不快を感じ、不安を感じ、情けなくなるなどのを及ぼす可能性。
  2)他人から侮辱を受けやすくなり、侮辱されても文句を言えない状況となる可能性。
  3)誤った自己認識が生活全般にネガティブな影響を及ぼす可能性。
  などが考えられます。』


自分で尊厳を捨てる、卑屈になるということは、そのデメリットを自覚しにくいものだと思います。ですから何か他のものと引き換えに、簡単にプライドを捨ててしまうことがあるかもしれません。しかし、あとになってそれではだめなんだと気付き、必死になって自分の尊厳を取り戻そうとする、そんな経験が誰にでもあるのではないでしょうか。

 在日韓国人は、基本的には日本人に対して友好的であるべきです。
そんなことは言うまでもないのですが、辛い経験をすることによって日本人に対して敵対心を持ってしまう場合があるかもしれません。

 キリストのように、自分の敵でさえも敵対心を持たずに接することができればいいんでしょうが、そこまでするのはちょっと無理だろうし人間離れしています。

 しかし少なくとも、一部の心無い日本人の方が、自分にひどいことをしたからといって、他の友好的な日本人に対してまでも敵視してしまうのは間違った考え方ですね。

 心無い憎悪に反応して自分までも憎悪の心を持ってしまうのは時間の無駄遣いです。とくに誰かもわからない匿名の文字に反応して神経をすり減らしても何もいいことはありませんし、創造的なものは
何も生まれないでしょう。

 他人がどうあるかを基準にするのではんく、自分がどうあるかを最優先して考えるならば、まず友好的な気持ちと態度を持つことが大事であり、他の悪意に反応して自分まで悪感情を持ってしまうことの愚かなことがわかります。

在日も自己責任で。

 社員教育などでよく自己責任という言葉を耳にします。効果的に仕事をする社員を育てるためには自己責任という概念が重要とされています。


 在日も自己責任でいくべきだと思います。


 私たち在日韓国人が何かを為そうとするのであれば、今までの歴史はすべて自己責任であるとの認識を持ち、将来に向かっては、まず自分自身に働きかけて、自分自身はどうあるべきかを考え、他の日本人を動かそうとするよりもまず、自分の手足を動かすことを優先すべきだと思います。


 えらそうに言ってますがこれは、今まで他人のせいばかりにして自分では何もしようとしてこなかった自分をなんとか変えたいと思って、自分に叱咤するつもりで書いています。


 客観的に見れば全て自己責任という見方は偏っていますが、そう考えたほうが、効果的に行動することができるのではないでしょうか。
他人を動かすことでは効果性が劣る。それよりも、自分ができることを積極的にやっていった方が効率がいい。
私たちは観察していればいいだけではなく、行動を起こして何かを達成しなければならない存在ですから。


 自分のできることに集中して効果的に行動するためには、なんでも自分の責任なんだと考えることがその助けになると思います。


 逆に、誰かのせいだから、こんなことがあったから、などと他人のせいばかりにしていると、たとえそれが真実であっても、将来に向かってどのような力も生み出せず、それが癖になると、何もできない人間になってしまうのではないでしょうか。
実際にそんな人たちは在日に限らず自分の周りにたくさんいますし、自分自身にも身に覚えがあります。
自分が満足出来ない状況にあるのは日本社会の就職差別があったからだとか、結婚差別があったからだといってふてくされている人をみたことがありますが、他人のせいにして納得してしまえばそれでお終いであり、自分では何も努力しようとしなくなって、ますますひどい状況に陥ってしまうと思います。


 在日韓国人が今日あるのは、日本や他の大国の為してきたことに全ての原因があるのだと考えているのならば、裏返せばそれは、在日韓国人は自分達では何も為すことのできない無力な存在なのだと自分で認めることを意味します。
そして、そういう人は将来に向かっても、他人を動かそうと他人に働きかけるだけで、自分自身ではあまり行動するつもりがないんじゃないでしょうか。


 私も含めて在日韓国人は、なんでも日本人のせいにしたがる傾向の人が多いと思います。(そうじゃない人ごめんなさい。)
勢力の弱いマイノリティであるがゆえの無力感が自身を喪失させ、将来に向かって自分の手足を動かすことを半分あきらめ他罰傾向に走るのかもしれません。
それはある意味仕方のないことかもしれず、責められるものではないかもしれません。
しかしそれでは将来に向かって文句ばかり言って何もできない自分達を作り出すだけに終わる可能性があると思います。


 どんな差別があったとしても自分のできることをやって成功を収めている在日はいます。
在日の中でも成功している人は、みんなこの自己責任の考え方をしっかりと持っているのではないかと推測します。どっかの社長とか。


 マイノリティであっても決して自分は無力ではなく、自分の力でいろんなことが達成できるのだと信じたいと思っています。

在日韓国人がとるべき態度について、自分のことを棚に上げておいて、考えてみたいと思います。

以下のことはすべて、あくまで私の理想であり、自分がその態度を完璧に取れているわけではありません。っていうかまったく取れていません。


主に4つの態度が重要であると思います。


1.在日、日本人、両方に対して、尊厳は保たれるべきであり、友好的であるべきとする態度。

2.自分自身に集中する態度、過剰に日本や日本人のせいにしない態度。

3.自分の尊厳を自分で投げ捨てない態度。

4.挑発に乗らない。(自らの品位を落とす行為はしない。)




1.在日、日本人、両方に対して、尊厳は保たれるべきであり、友好的であるべきとする態度。

私たち在日韓国人、他の日本人両方に対して、尊厳は保たれるべきであり、友好的であるべきだと思います。

なるべく良心に従って生活すべきと考えるからです。

とくに、どのような相手に対してもなるべく、はじめから悪意や憎悪を持つことはやめるべきと思います。

自分に対しても、他人に対しても、というのが重要で、どちらを欠いてもよくないのではないでしょうか。

生活する上で様々な摩擦を経験すると、どうしても敵意が芽生えることがありますが、本来の目的や考えを忘れずに行動すべきと思います。





2. 自分自身に集中する態度、過剰に日本や日本人のせいにしない態度。

私たち在日韓国人自身が何をすべきかをより重要視し、日本人がどうであるかに過剰に頓着しないことが重要だと思います。

なぜなら、過剰に他人のせいにする態度は生産的でなく、効果的でないと思うからです。

日常生活でも、なんでもかんでも人のせいにして文句ばかり言っている人たちがどのような立場においやられていくかはよく観察されます。

彼らは何も生産的なことをせず、無力な存在として隅に追いやられていくことが多いように思われます。

非難すべき時はすべきですが、たいていの場合は他人は大した事をしてくれません。

相手を動かすよりも、自分自身の手足を動かすことの方がよっぽど簡単であるし、よい結果をもたらすと私は信じています。

まず自分自身に何ができるか、何をすべきなのかに集中することが、よりよい未来を作っていくことにつながると思います。

例えば、ケネディじゃないですが、日本社会が在日に何をしてくれるかではなく、在日が日本社会に対し何ができるかの方がよっぽど重要と思います。

歴史に対する態度についても同じ事が言えると思います。

日本が悪かった、日本のせいで在日は被害を受けた、という態度でもって歴史をみることは私たちの将来にとってあまりプラスにならないのではないでしょうか。

それは、友好的態度にも反します。

日韓や在日の歴史を見るとき、そのとき韓国人や在日は何をしたのか、により注目すべきと思います。

今現在の我々があるのは、日本社会や日本人がしてきたことの結果ではなく、周りの状況に対して、自分達在日韓国人が取ってきた態度の結果であり、自分達にこそ、その責任があると思われるからです。

たしかに数の上でも在日は他の日本人よりも力が弱く、日本社会のさじ加減が私たちに多大な影響を与えてきたことは否定できません。

しかしそれに対し在日が完全に無力であり、何もできなかったであったわけではありませんし、何よりも他者のせいにする態度は将来に向かって大した物は生み出さないと思うのです。

しかし歴史はよく勉強すべきとは思います。なんでもよく知るべきです。





3.自分の尊厳を自分で投げ捨てない態度。

自分自身に集中することは重要ですが、過剰に自分を責めたり、自分の尊厳をみずから投げ捨てるような態度は良くないと思われます。

他人がどんなひどいことをするのも勝手ですが、自分さえしっかりしていれば、どんなことをされても自分の尊厳を保ちつづけることは可能だと思います。

ひどいことをいう人の頭の構造を変えることは不可能かもしれませんが、自分の頭の中をどうするかは自分でどうにでもできると思います。

自分で自分の価値を強く信じるべきです。

たとえば自分のルーツが韓国にあることを隠そうとする人がいるようですが、自分の尊厳を捨てないなら、隠さなければならない正当な理由はめったに見つからないと思います。





4.挑発に乗らない。(自らの品位を落とす行為はしない。)

挑発に乗らずに、悪質なものは無視することが大事だと思います。

あまりにひどい批判にさらされると、誰でも本来の良心を忘れて憎しみに走る傾向があると思います。

そういう意味で、ネット上でみかける悪口の類はあまり相手にせずに、無視するべきだと思います。

他人の頭の構造を変えるのは無理に近いでしょうし、それよりも自分がどういう態度をとるかの方がより重要だし効果的です。

他人がどれだけ非道徳的な言動をしようが、自分までがそれに反応して品位を落とすことはないと思います。

売られた喧嘩を買った場合は第三者から見ると、二人とも下品に見えるようです。

しかし、反論は吟味すべきです。

あまり反論ばかりに気を取られると疲れるのでよくないですが、まったく反論を無視してしまうべきではありません。






以上のことはあくまで全くの理想です。

これらの態度を完璧に行っている人は皆無に近いと思います。私もまったく理想を守れてないです。

今でももしかしたら自分でも気づかないうちに、誰かを侮辱し、敵意を持ち、他人や日本政府のせいにし、日本のせいで在日は被害を受けたと証明するための証拠を探し、自分を卑下し、挑発に乗って誰かの悪口を言っているかもしれません。

たぶんやってるんだろうな。

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