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在日韓国人の民族性

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『自分の欲求に従う限りは、民族性は完全に自分の自由である。』

ということが言えると思われます。

今までの考察からわかることは、誰でも、親の民族性を保ちつづけなければならない理由もなければ、完全に捨て去らなければならない理由は何もないということです。むしろ、他人の民族性はこうでなければならないと考えることは基本的人権に反することであり、望ましくないと考えられました。

民族性は自分の欲求に沿うようするならば、保持しようと変えてしまおうと、どのような事柄とも矛盾することなく、自分以外の他のどのような人からもとやかく言われる筋合いもなければ、自分の尊厳を失うということもないと考えられます。

しかし、何らかの不当な圧力に屈して民族性を決めるようなことがあれば、安全と引き換えに尊厳を自ら投げ捨てる結果となるかもしれません。

『他国に移民した場合でも、もとの国の民族性を捨て去り、子々孫々まで移民先に完全に同化しなければいけないということはない。』

ということが言えると思います。このことを証明するために、

命題A 「他国に移民した場合、もとの国の民族性を捨て去り、子々孫々まで移民先と完全に同化しなければならない。」

という命題が真であると仮定します。

この場合、ある人が他国に移民して、もとの国の民族性を完全に捨て去り、移民先の民族性を完全に受け入れて同化したとします。

しかしその子供は、前回の命題『必ずしも親の民族性は完全に受け継ぐ必要はない。』ので、移民先と完全に同化せずとも良いことなり、最初の命題と矛盾します。

だから、命題Aは否定され、
『他国に移民した場合でも、もとの国の民族性を捨て去り、子々孫々まで移民先に完全に同化しなければいけないということはない。』

という結論が得られます。

民族性を変えてもいいのかどうかを考察するために、

「親の民族性は完全に受け継ぐべきである。」
という仮定をしてみます。

この場合、親の言語、親の文化、親の歴史的運命、すべて引きつがなければならないということになります。

しかし仮に、ある人が、どこかの国に移民したとすると、場所によっては同じ民族の人が一人もいない環境に置かれ、言語、文化、歴史的運命を十分引き継ぐことが不可能な状況に置かれてしまい、結果、最大限の努力をしても完全に民族性を引き継げないことになります。

つまり、『親の民族性を完全に受け継ぐべきならば、移民してはならない。』

ということが言えると思われます。

これは、生活する土地は自由に選べるという基本的人権に反する行為ですね。
基本的人権と照らし合わせて矛盾することになります。

私は基本的人権は、道徳に反することをしないならば、絶対に尊重されるべき人間の原理原則であると考えています。

だから、最初の仮定「親の民族性は完全に受け継ぐべきである。」は否定され、

『必ずしも親の民族性は完全に受け継ぐ必要はない。』

という結論が得られます。

民族性の問題はいろんな要素があってややこしいですね。

確実に言えることは、誰がどのような民族性を身につけようとするにせよ、

◎『民族性については、非道徳的な行為をするのでなければ、個人の自由である。』

ということです。誰も強制的にその自由を奪うことはできません。



また、

◎『何らかの不当な圧力に屈し、自分の持ちたい民族性をみずから放棄することがあるならば、何らかの安全と引き換えに、その人は自分の尊厳を自ら放り投げることによる不利益を被ることになる』
でしょう。


次に、

◎『もし韓国の民族性を完全に引き継ぐべきならば、韓国語をマスターする必要がある。』

ということも、確実に真であると言えると思います。


そして、この命題が真ならば、この命題の対偶である次の命題も真ということになります。

◎『もし韓国語をマスターする必要がないならば、韓国の民族性を完全に引き継ぐべきではない。』

ただし部分的に引き継ぐべきかどうかはこのことからはなんとも言えませんね。

また、在日韓国人が韓国語をマスターする必要があるのかないのかは別に考える必要があります。

『在日韓国人が日本民族でもなければ韓民族でもないという事実は国籍をどうしたところで何も変わりません。』

日本民族でもなければ韓民族でもない私達は、国籍を日本に変えたところで日本民族になれるわけではなありません。また、韓国籍のままでいたからといって韓民族になれるわけでもありません。なぜなら本来、国籍と民族性は無関係なものであるからです。国籍は個人がどの国家と社会契約を結んでいるかを表しているものであり、民族性とは無関係だと思います。

日本国憲法には民族性を定めた事項はありませんし、何よりも思想の自由が保障されています。また、多民族国家が多い欧米諸国を見ると、一つの国家にあらゆる民族が住んでおりむしろ民族と政体が一致していない国のほうが多いのだということが分かります。日本や韓国が特殊なので、勘違いしやすいのでしょう。

もし国籍と民族性がかかわりのあるものと考えているのならばそれはその人が勘違いしているだけだと思います。
民族性が失われるからと言って日本国籍を取りたがらない韓国人は勘違いしていますし、日本的な風習を持っていないと帰化申請を受けなかった昔の(今もそうなのかは知りませんが)日本の役人も勘違いしています。

しかし国籍や民族性をどうするかは極めて個人的な問題であり、個人の自由が最大限に尊重されるべきであり、在日韓国人が全員日本国籍を取らなければならないということなどありえないのは前にも書きました。

言いたいのは、在日韓国人が日本民族でもなければ韓民族でもないという事実は国籍をどうしたところで何も変らないということです。

もし在日が日本国籍を取っても、韓国語を学んだり、チェサの伝統を守り続けたりするのは自由です。また逆に、韓国国籍を保ったまま、日本よりの民族性を追及するのも自由だと思います。もちろんどっちつかずのままでいる自由もありますね。

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