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			<title>在日韓国人が物申すブログ</title>
			<description>主に政治や歴史のことについて書いていきます。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kankokutarou2005</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>在日韓国人が物申すブログ</title>
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			<description>主に政治や歴史のことについて書いていきます。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kankokutarou2005</link>
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		<item>
			<title>ヘイトスピーチ</title>
			<description>差別的な言動のことを、横文字でヘイトスピーチって言うんですね。今まで知らなかったです。（笑）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最近はインターネットがどんどん普及してきて、在日韓国・朝鮮人に対する誹謗中傷が多く見られているようです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このような差別的な言動を法で規制するかどうかということが、また難しい問題のようです。人権侵害や差別を助長する言動はよくないという考えと、言論・表現の自由という考えが対立するというわけです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私個人の考え方はというと、ある程度は規制すべきでしょうね。だってなんでも自由なら犯罪でも何でもOKになっちゃいますから。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ウィキペディアを見てみると、外国ではヘイトスピーチを法で取り締まっている国もあるようです。&lt;br /&gt;
とくに、カナダでは「肌の色や人種、宗教、民族的出自、性的嗜好により区別される集団に対する嫌悪を煽動した者は最低でも2年、最高で14年の懲役刑となる。 」そうで、けっこう刑が重いですね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本はというと、とくに取り締まる法律がないそうです。放置プレイ状態。たしかに在日などのキーワードで検索すると、差別用語や変な理屈で在日韓国人を誹謗中傷しているサイトがすぐに見つけ出せます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
米国やヨーロッパで規制が進んでいるのに、なぜ日本は野放しなんでしょうか。韓国ではどうなってるんでしょうね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
やっぱり欧米は、古くから多民族な状態に慣れていて、考えが発達しているのでしょうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本では韓国併合後たかが100年程度で、しかも民族問題といってもマイノリティ問題だけだから、あまり社会的に盛り上がらないのかもしれませんね。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kankokutarou2005/53791958.html</link>
			<pubDate>Wed, 27 Feb 2008 01:50:23 +0900</pubDate>
			<category>その他インターネット</category>
		</item>
		<item>
			<title>自分達中心の歴史認識</title>
			<description>日韓の過去の歴史には様々な悲劇がありました。&lt;br /&gt;
民族性の強要、自由の制限と不平等、基本的人権の軽視、参政権なき統治、奴隷的使役など。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ここで重要なのは、他者の悪いところを探す前にまず自分の何が悪くてこのような悲劇的な歴史をたどることになったのかをよく考えることだと思います。&lt;br /&gt;
侵略者側が道徳的に悪くなかったと言っているのではありません。&lt;br /&gt;
侵略は悪かと言われれば間違いなく悪です。&lt;br /&gt;
それはどうやっても言い逃れできるものではありません。&lt;br /&gt;
相手側のこともよく知るべきであり、なんらかの働きかけは必要です.&lt;br /&gt;
しかし結果は一方的な働きかけだけに因るのではなく双方の相互作用で引き起こされるものです。&lt;br /&gt;
アメリカは日本から矛先を向けられましたが日本からの侵略から逃れることができました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
侵略者側だけに注目して歴史を考えるだけでは自分達の将来に益することは少ないと思われます。&lt;br /&gt;
アメリカ人は日本に矛先を向けられたから自分達は不幸になったとは決して言わないでしょう。&lt;br /&gt;
日本に悪意を向けられたが自分達が主体となって日本の帝国主義をつぶし、平和主義を生み出してやったのだと答える人がほとんどなのではないでしょうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
他者のせいにして他者の責任を追及することはある意味、気分が楽なものです。&lt;br /&gt;
しかし、自分達の責任を追及することなしに、将来の自分達の成長や変身はありえないと思います。&lt;br /&gt;
他者の責任にしたところでおそらく、他人は何もしてくれません。&lt;br /&gt;
責任を追求して非難に非難を重ね、それに莫大な時間を費やしても首相の参拝ひとつやめさせることはできていません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
過去の日本による朝鮮支配を許した背景として、朝鮮民族にどのような責任があるのか、朝鮮民族が何をしたのでこのような悲劇が起こったのか、軍事の不備、団結力の欠如、近代化を遅らせた先見性のなさ、他罰的な傾向など、考慮すべきことはたくさんあると思います。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kankokutarou2005/44011218.html</link>
			<pubDate>Thu, 30 Nov 2006 23:05:16 +0900</pubDate>
			<category>アジア</category>
		</item>
		<item>
			<title>自分の欲求に従う限りは、民族性は完全に自分の自由である。</title>
			<description>『自分の欲求に従う限りは、民族性は完全に自分の自由である。』&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ということが言えると思われます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今までの考察からわかることは、誰でも、親の民族性を保ちつづけなければならない理由もなければ、完全に捨て去らなければならない理由は何もないということです。むしろ、他人の民族性はこうでなければならないと考えることは基本的人権に反することであり、望ましくないと考えられました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
民族性は自分の欲求に沿うようするならば、保持しようと変えてしまおうと、どのような事柄とも矛盾することなく、自分以外の他のどのような人からもとやかく言われる筋合いもなければ、自分の尊厳を失うということもないと考えられます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、何らかの不当な圧力に屈して民族性を決めるようなことがあれば、安全と引き換えに尊厳を自ら投げ捨てる結果となるかもしれません。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kankokutarou2005/43937823.html</link>
			<pubDate>Tue, 28 Nov 2006 17:14:08 +0900</pubDate>
			<category>アジア</category>
		</item>
		<item>
			<title>他国に移民した場合でも、もとの国の民族性を捨て去り、子々孫々まで移民先に完全に同化しなければいけないということはない。</title>
			<description>『他国に移民した場合でも、もとの国の民族性を捨て去り、子々孫々まで移民先に完全に同化しなければいけないということはない。』&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ということが言えると思います。このことを証明するために、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
命題Ａ　「他国に移民した場合、もとの国の民族性を捨て去り、子々孫々まで移民先と完全に同化しなければならない。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
という命題が真であると仮定します。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この場合、ある人が他国に移民して、もとの国の民族性を完全に捨て去り、移民先の民族性を完全に受け入れて同化したとします。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかしその子供は、前回の命題『必ずしも親の民族性は完全に受け継ぐ必要はない。』ので、移民先と完全に同化せずとも良いことなり、最初の命題と矛盾します。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だから、命題Ａは否定され、&lt;br /&gt;
『他国に移民した場合でも、もとの国の民族性を捨て去り、子々孫々まで移民先に完全に同化しなければいけないということはない。』&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
という結論が得られます。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kankokutarou2005/43937333.html</link>
			<pubDate>Tue, 28 Nov 2006 16:52:22 +0900</pubDate>
			<category>アジア</category>
		</item>
		<item>
			<title>必ずしも親の民族性は完全に受け継ぐ必要はない。</title>
			<description>民族性を変えてもいいのかどうかを考察するために、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「親の民族性は完全に受け継ぐべきである。」&lt;br /&gt;
という仮定をしてみます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この場合、親の言語、親の文化、親の歴史的運命、すべて引きつがなければならないということになります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし仮に、ある人が、どこかの国に移民したとすると、場所によっては同じ民族の人が一人もいない環境に置かれ、言語、文化、歴史的運命を十分引き継ぐことが不可能な状況に置かれてしまい、結果、最大限の努力をしても完全に民族性を引き継げないことになります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
つまり、『親の民族性を完全に受け継ぐべきならば、移民してはならない。』&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ということが言えると思われます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これは、生活する土地は自由に選べるという基本的人権に反する行為ですね。&lt;br /&gt;
基本的人権と照らし合わせて矛盾することになります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私は基本的人権は、道徳に反することをしないならば、絶対に尊重されるべき人間の原理原則であると考えています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だから、最初の仮定「親の民族性は完全に受け継ぐべきである。」は否定され、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『必ずしも親の民族性は完全に受け継ぐ必要はない。』&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
という結論が得られます。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kankokutarou2005/43774439.html</link>
			<pubDate>Thu, 23 Nov 2006 09:03:51 +0900</pubDate>
			<category>アジア</category>
		</item>
		<item>
			<title>完全な日本民族になるために、姓を日本風に変更する必要はない.完全な韓民族になるために、姓を韓国風に変更する必要はない。』</title>
			<description>『姓は民族性の一部ではない』ということから、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『完全な日本民族になるために、姓を日本風に変更する必要はない。』&lt;br /&gt;
『完全な日本民族になるために、日本風の通名を保持する必要はない。』&lt;br /&gt;
あるいは&lt;br /&gt;
『姓を日本風に変更しても、完全な日本民族になれるわけではない。』&lt;br /&gt;
『日本風の通名を保持しても、完全な日本民族になれるわけではない。』&lt;br /&gt;
ということが言えます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『完全な韓民族になるために、姓を韓国風に変更する必要はない。』&lt;br /&gt;
『完全な韓民族になるために、日本風の通名を韓国風に変更する必要はない。』&lt;br /&gt;
あるいは&lt;br /&gt;
『姓を韓国風に変更しても、完全な韓民族になれるわけではない。』&lt;br /&gt;
『日本風の通名を韓国風に変更しても、完全な韓民族になれるわけではない。』&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ということが言えますね。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kankokutarou2005/43768718.html</link>
			<pubDate>Thu, 23 Nov 2006 01:00:46 +0900</pubDate>
			<category>アジア</category>
		</item>
		<item>
			<title>姓は民族性の一部ではない</title>
			<description>前に名前と民族性は関係ないと言いましたが、名前が言語からなっている以上は無関係とは言えない可能性がありますね。言語は民族性の一部だからです。それについて考えてみます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「姓は民族性の一部である。」&lt;br /&gt;
ということができるでしょうか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もし言えるならば、&lt;br /&gt;
「完全な日本民族になるためには、姓を変えなければならない」&lt;br /&gt;
ということになります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
名前が民族性を表す一部と考え、かつ完全な「日本民族」として生きたいと望む人は、姓を変えなければならないということになりますね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし完全な日本民族になりたいがために姓を変更してしまうと、同じ父親、同じ先祖を持つのに兄弟や親戚と姓が違うという結果を生む。姓の本来の役割、男系の血統を示す役割が果たされなくなります。『姓は男系の血統を表すもの』という定義に矛盾します。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
やはり、最初の仮定が間違っているのだと思います。『姓は民族性の一部である』と考えるからこそ、矛盾が生じるのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
つまり最初の仮定は間違いとされ、『姓は民族性の一部ではない』という結論が得られることになると思います。&lt;br /&gt;
そして、『完全な日本民族になりたいという人でも、姓を変える必要はない。』のです。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kankokutarou2005/43765835.html</link>
			<pubDate>Wed, 22 Nov 2006 23:32:29 +0900</pubDate>
			<category>アジア</category>
		</item>
		<item>
			<title>遺伝子は変えることは不可能であり、姓を変える必要性はかなり少なく、国籍は自分の便利なようにどのようにでも変えても問題はない。</title>
			<description>『遺伝子は変えることは不可能であり、姓を変える必要性はかなり少なく、国籍は自分の便利なようにどのようにでも変えても問題はない。』&lt;br /&gt;
『姓をどうするかを考えるとき、自分の遺伝子、民族性、国籍を勘案する必要はない。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ということができると思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
遺伝子、名前、民族性、国籍、自分のこれらの４つの要素について、在日韓国人は考える必要があります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このうち、遺伝子については、考えることできても、変えることはできません。将来はできるようになるかもしれませんが、今はできません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
名前についてはどうでしょうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
在日韓国人は帰化するときに自由に名前を設定することができます。しかし、とくに姓については、男系の血統をあらわすという本来的な意味から考えると、そんなに安々と変える必要性があるのか、疑問に思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、姓をどうするか考えるにあたって、遺伝子、民族性、国籍などの要素を勘案すべきなのかといえば、私はその必要性を感じません。男系の血統を表わすという姓は、遺伝子、民族性、国籍などとはまったく独立したものであると思います。遺伝子や民族性や国籍に違いが出ても、男系の血統そのものには何の影響も及ぼさないからです。私の父、子、兄弟が、仮に他人種の遺伝子が入っていたとしても、他民族の民族性を持っていたとしても、他国籍であったとしても、お互いに血のつながりがあるという事実は変えることができないからです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
絶対に姓を変えてはいけないかどうかはわかりませんが。他に姓を変えるために勘案すべき正当な理由はあるのかもしれません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
国籍についてはどうでしょうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私は、国籍は自分の便利なように自由に変えても問題ないと考えます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
国籍とは本来、特定の国家との社会契約の証を意味します。それは、「個人の性質」に類するものではなく、「他との契約」に類するものです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
契約というものは本来、気に入らなければ自由に破棄し、変えることができるものです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
では民族性はどうなのか？&lt;br /&gt;
これをどうしていくべきかに関しては、私にはまだまだ考える必要があるようです。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kankokutarou2005/43653539.html</link>
			<pubDate>Sun, 19 Nov 2006 13:30:10 +0900</pubDate>
			<category>アジア</category>
		</item>
		<item>
			<title>日本人と韓国人の遺伝子</title>
			<description>本人と韓国人の遺伝子についてですが、ネットサーフィンしているといろんなところで、日本人と韓国人は遺伝的に近いんだという文章を見ます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
国立遺伝学研究所のサイトには、「塩基多様度のネット値」というものを調べることにより、韓国人と本土日本人は遺伝的にきわめて近縁な関係にあることが明らかとなった、ということが描かれてあります。&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://www.nig.ac.jp/museum/evolution/D/dna-11.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.nig.ac.jp/museum/evolution/D/dna-11.html&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
詳しいことは知りませんが、日本人と韓国人は、他のどの国の人々よりも遺伝的に近い存在である可能性が高いように思われます。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kankokutarou2005/43649634.html</link>
			<pubDate>Sun, 19 Nov 2006 10:41:39 +0900</pubDate>
			<category>アジア</category>
		</item>
		<item>
			<title>現時点でのまとめ (H18.11.28)</title>
			<description>（在日韓国人のとるべき態度）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　１．在日、日本人、両方に対して、尊厳は保たれるべきであり、友好的であるべきとする態度。&lt;br /&gt;
　２．自分自身に集中する態度、過剰に日本や日本人のせいにしない態度。&lt;br /&gt;
　３．自分の尊厳を自分で投げ捨てない態度。&lt;br /&gt;
　４．挑発に乗らない態度。（自らの品位を落とす行為はしない。）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（在日韓国人の国籍）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・在日韓国人が国籍をどうするかは個人の自由が尊重されるべきである。&lt;br /&gt;
・国籍は国家との社会契約の証である。&lt;br /&gt;
・政治と民族性は分離して考えるべきである。&lt;br /&gt;
・在日韓国人の国籍と民族性は本来無関係なものである。国籍をどうするかについて民族性を勘案する必要はない。&lt;br /&gt;
・国籍を変えても民族性は変らない。&lt;br /&gt;
・国籍は、他に良い相手（国家）があるという理由で変更しても問題はない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（在日韓国人の名前）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・在日韓国人が名前をどうするかは個人の自由が尊重されるべきである。&lt;br /&gt;
・差別を受けないために日本風の名前に変更するということは、差別という危険回避が目的であり、そのために自分の尊厳を自ら放り投げるというデメリットを伴う。&lt;br /&gt;
・姓をどうするかを考えるとき、自分の遺伝子、民族性、国籍を勘案する必要はない。&lt;br /&gt;
・帰化するときにその国にあるような名前に変更するのは、世界的にみると、常識とは言えない。&lt;br /&gt;
・姓は民族性の一部ではない。&lt;br /&gt;
・完全な日本民族になるために、姓を日本風に変更する必要はない。&lt;br /&gt;
・完全な韓民族になるために、姓を韓国風に変更する必要はない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（在日韓国人の民族性）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・在日韓国人がどういう民族性を持つかは個人の自由が尊重されるべきである。&lt;br /&gt;
・現状では、在日韓国人は日本民族でもなければ韓民族でもない人が多い。&lt;br /&gt;
・民族性は本来、国籍とは無関係である。&lt;br /&gt;
・韓国語をマスターする必要がないならば、韓国の民族性を完全に引き継ぐ必要はない。&lt;br /&gt;
・必ずしも親の民族性は完全に受け継ぐ必要はない。&lt;br /&gt;
・他国に移民した場合でも、もとの国の民族性を捨て去り、子々孫々まで移民先に完全に同化しなければいけないということはない。&lt;br /&gt;
・自分の欲求に従う限りは、民族性は完全に自分の自由である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（在日韓国人の遺伝子）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・日本人と韓国人の遺伝子は、お互いにどの国よりも最も近いものだという証拠がいくつかある。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kankokutarou2005/43641712.html</link>
			<pubDate>Sun, 19 Nov 2006 00:39:24 +0900</pubDate>
			<category>アジア</category>
		</item>
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