環境・コミュニティ創造専攻のぶろぐ

大学にブログを移転しました。http://www.tsuru.ac.jp/subject/kankomi/

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 富士急線の都留文科大学前駅のとなり谷村町から徒歩3分、大学からは15分のところに学生たちが自ら古い空きアパートを改修して、みごとに豊かな共用リビングを持つ共同住宅に再生した「つる小屋」がある。学生のまちづくり活動として高く評価され、日本都市計画家協会賞(2006年)、フィリップ モリス ジャパン(市民活動〜住民活動助成など)を受けたほか、NHKや山日新聞などにも取り上げられた。 
 企画・実現したのは、当時、都留文科大学社会学科3年の佐々木寛章さんを中心とするグループ。これから5回にわたって、つる小屋誕生までのいきさつなどについて、当時のグループメンバーに紹介してもらう(前田昭彦)。

まちの人々との出会い つる小屋誕生物語(1)

 2003年10月。まず地域の皆さんに自分たちの「まちづくりプラン」を発表する場を設けました。これは、社会学科の授業「ワークショップ演習」の甲斐徹郎先生((株)チームネット代表)の提案を実行したもので、最初は皆、何も期待していませんでした。だいたい、自分が授業で書いたレポートを発表して市民の好反応があればむしろ不思議ではありませんか? でも市民にとって地域のためになるプランを学生から提案されるということは新鮮で嬉しいことであったらしく、予想外にいい反応がありました。「実現させるなら応援するよ」などと言ってくれる市民や専門家など出てきて、自分達は舞い上がってしまいました。歓迎し応援してくれる人がいるということは大きなモチベーションとなりました。
 そして盛り上がった雰囲気の中、自分の「アパート再生計画」もスタートしました。2003年11月から生協の学生アパートマップを参考にして、空家の目立つアパートの大家に当ってみる、または魅力的な物件があれば当ってみるという手法をとりました。
 当たり前ですが、レポート用紙2枚だけの企画を持った学生に「男女共同で住んで共有スペースがある家に改装して住みたいから物件を貸してくれ」と言われ「いいよ」と答える人なんて誰もいませんでした。そこで作戦を変更し、最初は単純に住む家を探す学生を装いました。そして内覧をして、いいと思った物件で「男女共同で住むことの可否」を確認しました。そしてそれが大丈夫だったら「実は改装もしたいのですが」というようなことを打ち明けました。その三段攻勢に「いいよ、いいよ、…いいよ」と言ってしまったのが相沢大家さんでした。 
 当時は「物件探し」などと呼び「この物件に決めた」などと言っていましたが、「やっていいよ」と言ってくれたのは一件だけでした。しかも完成するまでの一年間の家賃は無料という条件までのんでくれました。こちらからあまりにも要求を出し過ぎて相沢さんの寛容な心に火が付いてしまったのかもしれません。相沢さんの協力がなくしてこの計画はスタートできませんでした。物件が決まったのは2004年3月のことでした(佐々木寛章=社会学科2006年卒)。

                                      つづく

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