|
投句について
冠 句 俳句の後輩、川柳には先輩、
三百二十一年の伝統文芸『冠句』です。
ものは試しに、
一句ひねってみませんか
折角ひねった句なら
ものは試しに 投句なさってみませんか ※※※冠句研究誌「文芸塔」では八月号の作品を募集しています※※※
冠題「想い切」で3句、冠題「馴染み店」で3句、です。
宛先など投句要領はこちら
〜〜〜 冠句について 〜〜〜 さてさて そんなこと言われても〜 冠句って何だよ
という向きは、文芸塔本社ホームページの
も、覗いてみてくださいね。
なお八月号への投句締切は八月三十一日(必着)です。
あなたのチャレンジをお待ちしています♪
(2015年5月14日更新)
|
全体表示
[ リスト | 詳細 ]
|
平成27年4月号より冠吟塔映集
文芸塔の優秀作品は、
扉(冠吟塔映集)に掲載されています。
大ベテランから、新進気鋭の作家までの、
当月を代表する作品が勢ぞろいしている
冠吟塔映集です。
四月号の冠吟塔映集は
文芸塔本社のホームページでご覧いただけます。
|
|
句会に人を送っていって、慎ましく?廊下で待っているつもりが、
句会の女性陣から「どうせなら中で待っていれば?」とのお言葉を頂き、
おずおずと、しかし厚かましくも入室した自分。
そこへ、折角だから何か作って出句してみれば? と再びのお声を頂戴し、
またもおずおずと、しかし厚かましくも作句&出句してしまう。
というのがきっかけで、
なんでか知らん、その次月も そのまた次月もと神戸港句会への参加が続き、
途中何度か挫折しかけるも、なんとか今日まで来てしまった。
で、件の声を掛けて下さったお一人がカズ子さん。
あっさりさっぱり、いつもにこにこ、お世話をして下さる楠カズ子さんだった。
なんやかんやで送迎をしていた人つまり父を亡くし、しばらくした頃、
たまたまのひさびさの所用で句会に顔を出し、
たまたまのひさびさの流れで出句してみたら、
その折りの選者に、楠カズ子さんがいらっしゃった。
カズ子さんにそのつもりがおありだったのかどうかは不明だが、
なんとなく、カズ子さんはあたたかかった。
上手くいえないが、身体の芯から温もるような、そんな披講を頂戴した。
いろいろ いろいろ いろいろあったので、
勘違いでなければ、カズ子さんのさり気ないあたたかさが嬉しく、
かつ、人恋しさにつながり、それからも出席するようになった。 危なっかしかったけどね。
今日(1月23日)は、そんなカズ子さんのご命日。
突然の訃報から、もう一年になる。
空歩さんから引き継がれた会計・句誌発送・会場の抑えetccを一手に捌かれ、
うんざり、いらいらなさることもおありだったと思われるのに、気振りにも見せられなかった。
呑気で気儘な一会員でいた自分を今更ながら申訳なく思う。
たびたびご迷惑とお手数をお掛けしたけれど、
そして、遅まきながらだけど、
さぼってばかりの不良会員は、今なんとか冠句に向き合おうとしている、つもり。
〜〜◇。〜〜
カズ子さん、さぼりの私は猛反省しています。
体調と生活、諸般の事情で、
必ず毎回出席とは明言できませんが、なんとか続けていこうと思います。
神戸港会員がおっしゃっていましたよ。
楠カズ子さんと言えば、真っ先にあの笑顔が浮かぶと。
などと書いていたら、あんな時こんな時、にこにこのうふふから相好を崩された時までの、
いろんなカズ子さんの笑顔が浮かんで来ました。
カズ子さん、
そちらは如何でしょう。
大切な方に会われましたか。 空歩さんにも会われましたか。
空歩さんは、カズ子さんに後を委ねてよかったと、随分感謝なさっている筈・・・なんて蛇足ですね。
降ったり止んだりの狭庭に、水仙の蕾がかなり膨らんできました。
やがて岡本の梅もほころびます。
そちらで風邪をひかれるなんてことはないと思いますが、春まで暖かくなさっていて下さいね。
〜〜〜〜〜 〜〜〜〜〜 〜〜〜〜〜 〜〜〜〜〜 〜〜〜〜〜
楠カズ子さんのご命日は1月23日。
ブログ仕様の微妙な変化についていけず、記事のレイアウトが上手くいかず。
且つアップも上手く出来ないため24日の記事掲載になりました。 しかも書庫を間違えているし。
2015/02/07「ひとりごと」書庫から「お知らせ」書庫へ移動。
|
|
投句について
冠 句 俳句の後輩、川柳には先輩、
三百二十一年の伝統文芸『冠句』です。
ものは試しに、
一句ひねってみませんか
折角ひねった句なら
ものは試しに 投句なさってみませんか ※※※冠句研究誌「文芸塔」では四月号の作品を募集しています※※※
冠題「手に包む」で3句、冠題「風に花」で3句、です。
宛先など投句要領はこちら
〜〜〜 冠句について 〜〜〜 さてさて そんなこと言われても〜 冠句って何だよ なお四月号への投句締切は一月三十一日(必着)です。
|
|
昨年のいつだったか、川柳の師系を問われた。
一瞬の戸惑いの後、
師は二人だが、二人とももうこの世にはいないと答えてしまった。
答えてしまってから数ヶ月、
なるほど、自分は自分の川柳の師をそのように思っていたんだなと、
あらためて己の心を覗いた気分。
ひと方はK氏。
本腰を入れて川柳に向き合おうとした時、
慎重に、己を託す結社、師を探した。生意気にもね。
短いご縁だったが、自分にしては珍しく真剣、かつ気持ち良いくらい誠実に出句し続けた。
結果も、不思議なくらい順調に右肩上がりのカーブを描いてくれた。
多分、「本当のやる気」が出るのも目前だったと思う。
でも、亡くなってしまわれた。そして、結社も解散。
K氏に代わる師は考えられぬままに、
数年後、もうひとりの師―師とも覚えぬ師―を喪った。
でもね、有難いことに、いらっしゃるんですよ、K師が、もうひとりの師が。
いや、それどころか、数多の師匠、大先輩連が、
父の書棚に、図書館に、古い句誌に、頁にいらっしゃるんです。
あふれる言葉が、珠玉の作品が、思いが、きらきら躍って。
やっぱり本っていいなぁ、本を読めるってほんとうに有難い、ある意味凄い。 めっちゃ幸せ。
今度は無理せず、自重しながら読むつもりなんだけど、すぐ夢中になりそうで自信はない。
『読み耽る』っていう位だもんね。
古書の匂いに、温故知新にわくわく どきどきだけど、
自分の体力、体調がじれったく、年齢が口惜しい2015年初頭ではあります。
|




