伝統文芸−冠句

俳句のあと、川柳よりはさきに生まれた文芸 『 冠句 』 のブログです。

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やまざと 600号

                
  
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                             橋本 信水 選評


 今月は目出度い新年に併せたように、やまざと誌創刊六百号の記念号となった。
冠題「六百号」はお祝儀の題、ここに辿りついた喜び、またこの地点に佇ってどう思うか、どう改めて決意するかを詠ってもらえたらと思う。
 
六百号  目じるしの旗彩あせず        村上 みゑ子     
 
 実際は一年一年老いて彩褪せて行くのであるが、作者は自分に叱咤して、若くありたいと情熱を披露していただいて、誠に頼もしくこれぞ詩人と思う。
 
六百号  揺るがぬ峰に立つ誇り      高階 睦代
  
 前句と同様誇りである。
冠句の地方誌沢山あっても六百号を積み上げた冠句誌はまだない。但馬のほこりである。
 
六百号  秀句も駄句も輪の中に      酒井 夢月 
 
 まったく其の通り、毎月作句する作品は夥しく、その十分の一に足らぬ作品が誌上に載って日の目を見るが、没句は読み直しても貰えずに葬り去られる。 同じ様に頭を捻った十二文字、投句はいとしい。
 
師に告げる  無限に響く句の教え      朝日 英子
 
 詩は無限である。
十七文字のその奥にひびく余情を味わいたい。きっと師に報告したい大切な心が、誰にも有ると思う。 
 
師に告げる  今の私を見て欲しい      藤原 さち 
  
 そうです 私を見てもらったら、どれだけ成長したか解ります。とそう言える優等生は羨ましい。
顔を隠してしまう劣等生も居ますよね。
 
師に告げる  不肖の弟子が道草す     加門 美則
 
 前句とは真反対、でも道草ばかりで一向に頭の上がらぬと言ってる人は、正道を歩いているんですよ。 
 
 六百号記念に相応しい秀句に恵まれた今号でした。 
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管理人注
※1 当記事に掲載作品の著作権等諸権利は作者とやまざと冠句会に所属します。 
※2 パソコン上での見易さを考慮し改行を、著作権等保護の観点から作者名をそれぞれ加えました。
 
 
https://poem.blogmura.com/haiku/;日本ブログ村
やまざと 599号より  管理人自身のために肝に銘じておきたい評文を掲載した。

芳冠録から 橋本 信水 選評 
 
  初時雨  急ぐにあらねど老支度    山根 風子 
 
 老いてゆく程にこの気持ちは誰もが持っているが、では何を準備して何を後始末しておけばとなると…。誰も○月○日に息が切れますと決まっていないから、中七の「急ぐにあらねど」は名文句である。 


山麗抄から 午頭 無骨 選評
 
冠題をよく噛み砕いて下さい。 「咀嚼」。
瞳が光る とは、心身ともに活き活きと燃えている状態。
冠句は、第一者が冠題として上五文字を出題し、広く公募して、第二者がわずか十二文字(韻)の作句にて、一つの句立てに成る、合作句です。
十二韻の世界とは、冠題を活かし文字を削る文芸です。冠題を俎板に載せ、素材を識る「上から・下から・横から・割ったり・遠・近」視点を替えて詠む、この事が作句の始まりです。
(今回の選句の没句が一句一句丁寧に批評されています。用紙二枚にぎっしり、先着二十名の方にお渡しします。)

管理人注
※1 当記事に掲載作品の著作権等諸権利は作者とやまざと冠句会に所属する。 
※2 パソコン上での見易さを考慮し改行を、著作権等保護の観点から作者名をそれぞれ加えた。
 
 
広く冠句の存在を識って頂くことが一つ、
&もの覚えの悪い自分自身のために心に留めおきたい文言を記していきたいことが一つと、
それがブログスタート当初の主たる目的だったが、初心忘るること多く多く余りに多くなってしまった。
ゆるやかにマイペースながらの反省の裡に迎えたこの年です。

 
やまざと 598号

                  
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                             橋本 信水 選評

 
 今月の冠題は「風止みぬ」という何にでも繋がりそうなそれでいて、その先に何かありそうな題、
又「淡い夢」はぼんやりとした正体のないおぼろな冠題。 これまでに無い難しさがあったようだ。
 
風止みぬ  墓碑に悔いても消せぬ過去    平松 直樹     
 
 不孝を重ねたのだろうか。又は大きな過失があったのか、墓碑にまで赴き悔いるとは唯ごとの人生ではなさそう。 冠題の「風止みぬ」がよく生かされた秀句である。
 
風止みぬ  泣きつ写真をちぎってる     泰谷 淑子  
 
 
これは情景がはっきりしている。
慕ってきた人が去ったか消えたか、いづれにしても大悲劇か大悲恋である。
 
風止みぬ  好機のがさずトライする     天野 愛子 
 
 座五の使い方に感心する。 ただ欲を言えば中七の「好機のがさず」が説明的でこの言葉が「ふくみ」で感じられる作り方が出来たらと、私の欲だろうか。
 
淡い夢  月も旅人(たびと)も気まぐれで    小宮山初子
 
 座五の留め方が中途であって、これ以上は説明に入ると言う巧みな使い方。
ベテランの表現方法である。 人生を月にもおんぶさせた見事な作。 短冊に書いたら綺麗だろう。 
 
淡い夢  かすかな望みもつ介護        田中 歌子
 
 
これは又現実的なさびしい句。 かすかなが句の命。
皆この小さな望みを抱いて、長い介護の疲れをもいとわず付き添うのである。
 
淡い夢  継いで欲しいと言えぬ店        田中 怜子
  
 
原句は座五が古店となっていたが、継いでほしいぐらいの店なれば新しくない。 読む人に「古い店だ」と考えさせる「ふくみ」を作れば、一つ奥深い句となる。 言い過ぎは説明句となるので注意を・・・。
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管理人注
※1 パソコン上での見易さを考慮し改行を、著作権等保護の点から作者名をそれぞれ加えた。
※2 掲句の誌上掲載場所を示す語「下段より」をブログ上では略した。
※3 当記事に掲載作品の著作権等諸権利は作者とやまざと冠句会に所属する。 
やまざと 597号

                
  
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                             橋本 信水 選評



 地虫鳴くは初秋の冠題、色々な虫達がせわしく恋の季節を迎えて鳴き叫ぶ。
虫達は恋の季節でも人間には秋の忍び寄る季節で、淋しさ侘びしさにこの鳴き声を捉える。
 
地虫鳴く  執念の瞳は次期目指す    藤原早百合     
 
 夏のカッと燃やした季節に負けた人生から、立ち直り次のチャンスを窺う執念こそ大切である。
負けた敗者で終わっては人生はおしまい。 この作品の力強さを買いたい。
 
地虫鳴く  人のぬくもりある郷に      吉村  栄  
 
 兎角人情の薄れてきたと言われる昨今、住む土地の人の温もりは生きて行く上で大切な要素。
隣り近所は大切な身内である。薄れ勝ちな昨今の人情に警鐘の句と言えよう。
 
地虫鳴く  守り続ける痩せ畑        大田垣祐子 
 
 原句は座五「痩せた株」となっていたが、株では少し判りにくくて畑とした。
日本の農業でも特に山間地にとってこの痩せた畑を、先祖から譲り受けて大切に守り続ける。
努力次第で立派な美田によみがえらせる為に・・・。
 
姿消す   どんどん遠くなる昭和     藤原 萬郷
 
 遠避けたくなくても日一日と過ぎ去って、つい昨日の様であった昭和も、すでに「ふた昔」が過ぎる。 昭和を知らぬ若者が増えて、すこし過去を語ると「それは昔のこと」と話を逸らされ、その度に過去が姿を消して行く。 
 
姿消す   東風吹かば君帰らぬか    平松 直樹
 
 昔、管原道真が太宰府に流された時、都を偲び詠まれた気持を、平成の今想い出したように詠われた句。
只焼き直しと見る中に現代に通じる単身赴任の悲劇があるが。
この句の姿消すには亡くなった人とも感じられ、だとすれば還らぬかとした方がより深味を増すと思う。
 
 秋の夜長は作句の季節、大いに励んで頂きたい。 
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やまざと 596号

                
  
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                             橋本 信水 選評



 暑い暑い長い夏だった。最高気温も猛暑日数も、各地で記録づくめの辛い・苦しい夜が続いた。
そんな中での今月の作品「すべて吉」  説明せずともそのまま、全てに佳しとする冠題。
 
すべて吉  信じて生きる朝が来る     田中 歌子     
 
 作品に新鮮さはなく何にでも、よく使われる言葉である。
すべてと言う冠題に信じて生ける人のある幸せを褒めたい。
座五が原句「喜びを」となっていたが、「て・に・を・は」で座五の留字をすると、説明の途中で言葉を切った様な句となり、選者によっては駄目と言われるので、今後やまざとでも研究したいと思う。
朝が来るとしたら驚くほど佳い句となった。
 
すべて吉  一行にある父の戒       藤森佐津子  
  
 冠句は、冠題に対して真正面から立ち向かった句と、全然相対する反対から作句した句がある。
この句は後者に近くすべてが吉なれば父の戒はない筈。処が世の中そんな甘いものでない。
絶えず父の教訓・いましめの言葉がある筈。今日の吉日が迎えられるのは、父の戒・母の教訓の上に、成り立っている事を教える句。 円熟味の増した作家の技量を見せつけられた一句である。
 
すべて吉  とことん填ってしまう賭け   藤原早百合 
 
 人間が単調なのではない。良しと決めたらがんと脇目も振らずに立ち向かう姿、句が若い。
やがて秀たる人の中に入り、名人とか人間国宝などと呼ばれる人となる、羨ましい賭けである。
 
百日紅   流れる汗は歳の嵩       朝日 英子
 
 
原句は「老い感じ」。 流れる汗に老いを確認してもそれは、当り前であって句ではない、座五に歳の嵩と持って来ると、同じ老いを感じても、人生の年輪の深さを感じさせる。
百日紅が真っ赤に燃える様にこの年輪を今、誇らしく思う作者像が浮かび上がってくる。
前句の「朝が来る」でも「歳の嵩」でも、句は座五によって良くも悪くもなるので、座五でもう一つドラマを展開する気持で、創ってほしい。 
 
百日紅   今年も鳴き切る油蝉      高階 睦代
   
 哀しい・淋しい句である。
百日紅はお盆に満開の華麗な花をつけることから、お盆の仏様の御馳走にと墓地に植える人が多い。
お盆の墓前で今年もいまだ涙の枯れぬ想い出に浸る作者を、油蝉にたとえた秀句、情景の説明でなくドラマ仕立てに作らなくては冠句ではないと教えられる一句。
 
 冠句は何時も書いているように、冠題の説明をしても、それは句とは言えない。
故に何時もの様に「それからどうした」の叫び声を入れて作句して欲しい。
すべて吉それからどうした、である。
すると良かったその先を詠えるからで、この合い言葉は大変貴重な言葉である。  
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