関名急行電鉄アニメ科

関名急行のアニメ的な記事をつづります。

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もはやこのブログはTwitlongerみたいな扱いなのである……

こんにちは。久しぶりの投稿。そしてまた映画ネタ。

ラブライブ!に対する姿勢

ラブライブというコンテンツについては、ハマりそうで恐いというか、ハマると経済的によくなさそうという理由から、長い間静観を決め込んできました。2014年2月くらいからスクフェスはやってましたが、音声なし、ストーリーは全部スルー、課金なんてもってのほかというか、キャラに興味を向けないのでカードを集める理由もない、という有り様。
映画化が発表され、それにむけ2015年1月から1期2期の再放送をするということで、ようやく重い腰を上げ、物語に触れていくことにしたのです。しかし触れるとはいえ、深入りしすぎるとまずいとは思ってたわけで、ストーリーの流れを把握する程度で見てました。

で、6月17日。映画鑑賞。
ウルっと来る場面はありつつ、なんともあっさり終わってしまった、という感じ。なんだか、物語の本質を見られていないな、という感想。
これはもったいないといいますか、もうここまできたらキッチリ向き合おうと思い直し、一週間使ってアニメ26話全部見直し、6月24日再び鑑賞。

……予想以上にボロ泣きした自分がおりました。

結局こうなるんやねぇ。
で、いろいろ考えてみたくなってしまい、久しぶりに記事をしたためることになったのでした。普通の解釈にならないようにしてみたせいで強度が足りませんがそのへんは甘く見ていただいて。
ここから本題。そしてネタバレの嵐。








水たまりを跳び越えることが示す意味

作中において水たまりを跳び越えるシーンは3回描かれています。冒頭の幼少期に2回、終盤の女性シンガーとの場面で1回です。
ではこの水たまりはなにを示唆しているのでしょう。一般的な考えでは、苦境とか支障物とか、行く先に立ちはだかるものですよね。要するに壁です。それを跳び越えるということは、その障害を乗り越えていくことです。3回目では女性シンガーが背中を押していた……ということですね。これは一般的な解釈。


違う見方をしてみましょう。


時間軸は一旦置いておいて、水を跳び越えたのが3回と考えます。1回目は失敗、2回目は成功、3回目は跳んだところまで描かれていますが着地まではわかりません。とはいえ成功したのがほぼ明確ですね。
1回目:失敗
2回目:成功
3回目:不明
この構図から考えて水たまりがなにを示しているのか。

……ラブライブしか思いつきませんね……

1回目は穂乃果のダウンにより出場辞退となったラブライブ。
2回目は強敵A-RISEを破り優勝を飾ったラブライブ。
3回目はドーム開催が検討されているラブライブ。
水たまりに挑む穂乃果は、ラブライブに臨むμ'sなのではないかと思うのです。

映画時点(穂乃果2年生3月)には、既に第1回、第2回のラブライブは過去のもの。だからこの2回は幼少期の様子で描かれています。過去であることの示唆です。そもそもこの「幼少期に水たまりを跳び越えた」経験は、実体験ではないのではないか、というのが私の見解です。実際には起こっていない出来事ということです。過去である示唆のために幼少期になっているのではないかと。

1回目は失敗しますが、すぐに2回目に挑みます。「無理だよ帰ろうよ」ということりに対し、穂乃果が言ったのは「大丈夫、次こそできる!行くよっ!」でした。
ことりの言葉はラブライブに「出なくていいんじゃない?」と言っていた穂乃果の示唆です。その頃の自分の気持を、ことりに代弁させたということですね。それに返した穂乃果の言葉は、雨止め直後の言葉「人間その気になれば、何だってできるよ!」そのものです。

2回目を飛ぶ直前、穂乃果にある曲が聞こえます。初見ではわかりませんが、映画終盤に用いられるSUNNY DAY SONGのアレンジです。これが用いられているからこそ、幼少期の体験ではないという考えなわけですが……SUNNY DAY SONGはスクールアイドルそのものです。スクールアイドルが生み出したものに他なりません。
2回目のジャンプで穂乃果がSUNNY DAY SONGを聞いたことは、第2回ラブライブにおいて他のスクールアイドルのパワーとかエネルギーとか魅力とかを感じたことを示唆しています。スクールアイドルのエネルギーを感じつつ、μ'sは第2回ラブライブの優勝を勝ち取りました。

では、3回目のジャンプとは。
そのためには女性シンガーを読み解く必要がありますね。この一般的な解釈は「未来の穂乃果」であり、私も初見ではそう思いました。おそらくはそれが解なのでしょう。

とはいえここでは一般的でない解釈を記すので、別の考えを書きます。

たぶん、穂乃果と似ているところはあるとはいえ、ほんとにただの外国在住女性シンガーなのではないかと。μ'sの他のメンバーに見えていなかったという話ですが、暗がりから穂乃果がホテルに向かってきてて視点は穂乃果に集中するし、女性シンガーが穂乃果の陰になっていたことも考えるとμ'sのメンバーが女性シンガーをはっきり認識できていなくても不思議ではありません。穂乃果がみんなの元に向かっているときに、立ち去っただけではないかなと。そもそも穂乃果が女性シンガーを見つけたときに、街の人々も群がって聞いていたじゃないですか。穂乃果以外に見えない、とは考えにくいです。

では秋葉原で再会したのは、どういうことか。これ、実際には再会していないんじゃないか、と思います。A-RISEにド(ブ)ライブに連れだされた(ダンシンッwwwダンシンッwww)帰り、穂乃果の実際の行動としてはそのまま家に帰ったはずです。秋葉原で女性シンガーに出会い、池を飛び越える描写は、夢というか穂乃果の頭のなかで完結しているものなのではないかと。外国で出会ったシチュエーションとまるっきり同じ状態ですしね、女性シンガー。

で、3回目のジャンプ。第3回ラブライブに、μ'sはどう関わるのか。おもいっきり助走をつけて、しかも下り坂を使って、成功に向けて万全な体制を整えて……飛びますが、着地はしません。これはμ'sの立場はラブライブの成功失敗に関係ない立場ということ、もしくは飛び立った、ということかなと。このあとベッドで起床し、μ'sをおしまいにしつつも、スクールアイドルの今後の発展と第3回ラブライブのドーム開催を実現するために尽力することを考えれば、直接的でないとはいえμ'sが第3回ラブライブに関わっていることは明白です。でもそれは、参加者としてではありません。だから空へ向かって飛び……光、に、なった?


まとめ

まとめもなにも、風呂敷広げるだけ広げた状態ですが、強引に畳みます。

冒頭の幼少期シーンは、実際の過去の出来事ではありません。

水たまりはラブライブ大会です。一度は失敗し、一度は成功し、一度は成功へ導いた。

女性シンガーは穂乃果ではないです。外国在住のただの女性シンガーです。

正直なところ、ラブライブ!の映画にこういったシーンが出てくるとは思わなかったです。いや、私が曲解してるだけではあるんですが、割りと言いたいことをストレートに描いてきたような印象だったので。
相変わらずのメモ書き鑑賞したので他にもちょこちょこ書きたいことはあるんですが、とりあえずこのシーンについてこんな考えもあるんですよということで。弱いとこツッコまれたら反論できなくなる程度なので、強度は弱い理論ですが。
まぁここまで避け続けてきましたが、これだけ人気の出るコンテンツなだけあるな、と思う次第であります。
あと穂乃果不人気については疑問を呈していきたい。
先日書いた考察の確認がてらもう一度見てきまして、その時メモりつつ小ネタをちょこちょこ拾ってきましたので書いておきます。

この書式

になっているところは、私が鑑賞中にノート書きしたものからそのまま持ってきています。

ではスタート。

イントロダクションで窓に落ちていくソウルジェム

窓が「まどか」のもじりだとするならば、円環の理そのものですよね。
叛逆の物語、が始まる前の状態。円環の理がアルティメットまどかさん状態の時の象徴です。

Welcome to Cinema

最初のナイトメア退治の時、空間内で書かれている英語。
これは私達鑑賞者に対しての言葉、でもある?

登場順はまどか→さやか→杏子→べべ(なぎさ)→マミ→ほむら

魔法少女たちがどの順番で出てくるか、を見てみました。
果たしてこれに意味を見出すことはできる?できない?

青いナイトメアは倒す前にまどかが目覚める

青いぬいぐるみのナイトメア退治は、結局まどかが目覚めるシーンに飛ぶので最後まで見ていませんね。
夢オチかとおもいきや、昨夜の回想だったわけです。

洗面所は合わせ鏡。でも部屋広いよなぁ

まどかがお母さんと話してるシーン、洗面所はずいぶん広く、背後の壁も遠いように思うのですが、鏡の中にまどか達が写っている合わせ鏡状態ですね。
円環の「円」って「無限ループ」「永遠」も意味するのですが、「合わせ鏡」もまさに「無限ループ」ですよね。

こんな感じに、「円」をはじめとする「無限ループ」の象徴が随所で描かれています。

【OP】砂漠が彩りのある世界に→ほむらのみ砂漠に戻る。イヤリング。虚構の世界。悪魔のような影。

オープニング映像。2回目に見ると、ネタバレの嵐のようで、また見ててキツイものがありますね。
砂漠は現実世界、そこから彩りのある世界になってこれが結界内世界。最後には砂漠に独り跪くほむら。
この映画の内容がぎゅっと凝縮されていますね。
ほむらから悪魔の影が伸びてたり、悪魔化したあとのイヤリング?があったり。
サビ部分でほむら以外踊っている場面も実に不気味です。エンディング後にほむらだけ踊っている、というのにも繋がりそうですし。

先生の話、人間関係とかどうでも、世界壊れてもいいかなー。意味深

転校生ほむらを紹介する前に先生が話している内容。どうでもいいっちゃどうでもいいのですが、世界崩壊を示唆していたりすると若干気になったりしますね。
人間関係をほぼ解消して、魔獣退治終わったら世界滅ぼすとか、そんなこと言ってる人いましたねどっかに。

丘のある公園、1回目。
お互いに話せる時間を欲していたような。

これこそほむらが求めていた時間かもしれないですね。
ただ、今後丘のある公園のシーンが何度かありますが、2人がゆっくり対等な立場で話せているのはここだけ。貴重なシーンでもあります。

オレンジナイトメアは仁美

冒頭の青いナイトメアに対して、仁美のナイトメアはオレンジ色です。
5人が変身する前、電車の上で集合していますが、架線柱が立ってるのに架線が無かったりパンタが無かったり。
これ架線柱じゃないっぽいんですけど何でしょうね。あとこの電車の動力源なんなのでしょうね。
……まぁどうでもいい話ですこれはw

変身シーンほむらのときだけコマレベルで魔女文字ちらつかせ

ほむらの変身シーン、数コマレベルで魔女文字がチラチラ入っています。
これ文字覚えられたとしても魔女文字習得していないので読めないのですが、なんと書いてあるのでしょう。

ゆっくり仁美

ゆっくりしていってね!

退治後、ほむらは丘のある公園で違和感に気付く。

丘のある公園、2回目。
やたら長く取られているほむらの顔アップ。
何か違和感に気づいたというか、わだかまりを持っているというか、釈然としない表情ですね。
もう記憶の断片が戻りかけているようです。

その後、人の顔を判別できなくなる。おそらくは、自分が呼び寄せた人以外。

こういう表現がとても苦手なのですが……私は。
おそらくほむらが現実世界から呼び寄せ、また円環の理から送り込まれた人以外の表情がわからなくなっています。教室内だと、魔法少女以外に先生、仁美、上条くん、中澤くん以外でしょうか。中澤くんの重要性ww

ソウルジェム弁当でQBアップ。

キャラ弁?のソウルジェムがアップになったあと、唐突にQBの顔アップが入ります。意味深。
で、その青いソウルジェムをQBが食べる。更に意味深。

使い魔の紙芝居、歯車が落ちる。世界崩壊の前兆。

ほむらと杏子が話し合う直前の紙芝居、歯車が落ちていきます。
歯車はほむらの象徴とどこかで読んだ記憶がありますが、その世界が崩壊しかけているということでしょうか。

ティーカップが増えていく。どんどん増えて、席を立つとゼロに。

ほむらと杏子が話していると、カットが変わるたびにどんどんテーブルの上にカップが増えていきます。
で、席を立つときにはなくなっています。
ティーカップはマミさんの象徴ですが、果たして。

見15風見野駅北口→見31見滝原循環

バスの行き先。
突然変わっていたらだれだってびっくりしますが、逝っとけダイヤだったんじゃないですか(すっとぼけ

心象世界表現。苦手。

グリッドマップのような世界になっていますが、このあたりから世界の表現方法がまるで変わってきます。
シャフトのお家芸とも言えるような表現だと思うのですが、どうも慣れないというか、苦手。
異世界感MAXですけどね。(伊勢改艦じゃねーよ)

世界の創造主は今日までなにもしてこなかった。

まぁ現状維持を望んでますからね。

追い詰められるとはどういうことか。

謎を追求していくと追い詰められるタイプの罠だとのことでしたが、どういうことでしょう。
実際に追い詰められた描写はなかったですが、人に囲まれそうになってましたね。
ほむらは謎に気付いた人をどうするつもりだったのか、気になります。

なんとなく強気なほむらがしっくりくる様子の杏子

この辺りにくると、なんとなくそんな気がするレベルでしょう。
記憶の端に残っていたレベルの感覚だと思います。
行ったことないのになぜかデジャヴを感じるとか、そういうのと同類の。

この時点で全て思い出したか。髪とメガネでわかる。

髪を流すのと、メガネを外すのは、ほむらの決意の現れですね。
TVシリーズでもそうでした。
この時点で全て思い出しているはずです。自分が魔女化していること以外、は。

欺き、陥れようとしている。魔女。

自分自身に陥れられているわけですが、あなたこの世界を望んでいるはずですよ、深層心理では。
まどかの願いに叛逆しているから抜けだそうとしているわけですが、結局結末では叛逆しているからいやはや。

どうしてべべが来たかを聞くとQBアップ。

QBがアップになるシーンってどうも意味深なのですね。
物事の確信に迫っているシーン、と考えられなくもないのですが。

マミは予め黄糸を出してとらえていた。

糸というかリボンですが、お茶のおかわりを入れに行くためマミさんが席を立った時、画面右下に黄色いリボンがちらっと写っています。
ほむらの様子がおかしいと感じ取っていたのでしょうね。さすがマミさん。

マミに真実を明かすのはいつだってつらかった。案外人思いか。

ほむらがまどか以外の人の気持ち考えることあるんだなぁとちょっと感心したシーン。

マミさんが覚えてる記憶と違うことに気付く。魔獣の記憶→なぎさ
かつて救済を望んだ人。

杏子と同じく、マミさんもほむらに記憶のすれ違いを指摘されます。
そこでなぎさが登場し、その後のマミを知るものはいない……ではなく。
ここで何が話されたのかわかりませんが、円環の理からの伝達者としてコトの真相を伝えたのでしょう。
なぎさも円環の理から来ているということで、まどかに救済された魔法少女なのですね。
何時の時代の方かは存じ上げませんが。

まーた消化器か。

TVシリーズでまどかがQBと初邂逅した時、ほむらから逃げるために投げたのも消火器でした。
そう、あなたはいつだってそう。

さやかは魔女に同情していてそれはつまりほむらに同情している。

結界内世界の創造主に同情させてよというさやか。この人が人思いなのは前からでしたね。
さやかはコトの真相を知っていますから、あんたのこと案じてるのよって意味でもある。
この人の考え方は結構大人ですやね。

イレギュラーは、創造主の魔女、べべ、さやか。

そうですね。現実世界を模倣していますから、現実世界にいない人はイレギュラーです。
ほむらも本来は魔女ということで円環の理に導かれているはずですし。

さやか「悔いを残さないようにね」

ほむらの創った世界であることを知っているから言えることです。
ほむらが望んだ世界ですし、その世界を自分で消してしまうことに悔いはないのか、と。
まぁ……その後さらに世界を書き換えてしまう可能性を考慮していない発言と考えられます。
だからあの時アルティメットまどかさんも驚愕しているんです。本当に偶発的事象ですよアレ。

この茶番劇はまどかの犠牲を無駄に。

茶番劇……ね。
「底の見え透いた、下手な芝居」という意味だそうです。
ピュエラ・マギ〜のくだりにその辺が見え透いてますが、それを望んだのはあなたでしょうに。
ただ、まどかの願望を認めていないという面では、こういう理想があっても仕方ないかなという気はします。

船に飛び降りるまどか→QBアップ

なんでこう意味深なのでしょうねこいつ((

丘のある公園3回目
怖い夢を見たの……

1回目の鑑賞の時はここで若干泣きかけましたが……。
まどかは話し聞いてくれませんでしたもんね、TVシリーズでは。

「独りぼっちになったらダメだよ、ほむらちゃん」
私だけが遠くに行くことなんてないよ。だって私だよ?ツラいことを我慢できるわけないよ。誰とも別れたくないよ…
そんな勇気、私にはないよ。
(髪を結びながら)

まどかの語りかけは、この世界にほむらをつなぎとめる言葉でもあります。
この世界から離れ、現実世界に戻ることは、まどかさんを再びアルティメットまどかさんとして奔走させることになりますし。で、その表現としてほむらの髪を結んでいく描写がありますよと。
ほむらはそれを知っています。で、「まどかが実際にやったこと」と「まどかの本音」が矛盾していることに気付くわけです。
まどかの説得により、ほむらはそれを反故にする決心をするのですね。なんとも皮肉な。

まどかの本音を知り、ほむらは決意する
選択してしまえる勇気がある。
まどかは自分でもわからないほど優しくて、強すぎる。
(髪を解きながら)

本音と逆の選択をしてしまう勇気がある、私はそれを止めなければ。
ほむらはそう読み取るわけです。
「なんとしても止めるべきだった」と過去の判断を悔やみます。
でもその時にしてたまどかの願いも本音だったはずで……それはあなたに向けられたものでもあったはずです。

まどかのためになる選択と、まどかを想っている自分のためになる選択、どちらをとる?

私とこうしてまた話してくれる。それだけで私は充分に幸せだった。
→QB目アップ

……これで、スッキリした、のでしょうね。
未練が消えた感じとは思いますが、どうせまた後悔するでしょうよ、たぶんね。

……QB、お前はいちいち意味深すぎる。

DDRコネクト杏子電話
魔女について、まどかについて。双方知るはずがない。

ところが、魔女については知らず、まどかについては知っている。
おかしいですね。
だってまどかはいるんですもんね、この結界内世界に。

……ところで、さやかとべべが円環の理から来ていて、マミと杏子が現実世界から来ているのはいいとして……まどかはどこから来た存在なのです?
ほむらに都合のいいように再現された存在?……でも、「あなたは本物のまどかだわ」って言ってましたね。どっかで。そもそも本物のまどか、なんでしょうかね。

……まぁいろいろ情報を集めてみると、円環の理からその記憶を抜いた状態で連れてきたまどか、のようです。
そうすると、この状態のまどかはどこかで……そう、分裂させ、制服姿になった方のまどか、です。

この世界を創造することはまどかを知る人しかできない。つまり、それは。
→世界崩落のはじまり

ほむら自身が魔女化していると自覚した瞬間、でしょうか。
杏子がゲーセンの外に出ると、炎上するようわからんなにか(だから恐いんだって)がどんどん天から降ってきます。
もしかしたら、ほむらが初めて本当の絶望を知った場面かもしれません。薄々感じていたかもしれないですけどね。

12時、炎上するバス。

この12時にどれほどの意味があるかわかりませんが、時計もまたグルグル回る永遠です。
その中で12時というのはひとつの区切りですからね。

魔女としてほぼ覚醒。喋るQB。
ソウルジェムを隔離すると発揮する能力は(君の言う)魔女そのものだよね。

やはりこいつが黒幕だったか、と劇場にいた誰もが感じたと思います。
お前やっぱり喋れんじゃねーか、と。

結局のところインキュベーターの掌の上だったわけですが、なかなか壮大な実験をしやがりますね。
魔女には空間形成の能力があるのでしょうか。現実世界において魔女が猛威を振るっていた時も結界を張っていましたが、これは現世に結界を貼っていたのか、それとも結界内に同じ世界を形成していたのか。
魔女に空間形成の能力があるかなしかで、この後の考察が変わってくるというもの。

QBは円環の理を見届けに来た。

TVシリーズ終盤で改変された世界においては、まどかが存在しません。そして、円環の理というシステムを概念としてしか知ることはできず、どういう働きにおいて魔法少女が消滅するのか謎だったのですね。
ほむらを監視下に置き、ほむらの方から円環の理に助けを求め、まどかを覚醒させることで円環の理としての働きを観測する。観測すれば干渉でき、干渉すれば支配できる。

ゆくゆくは円環の理を支配するつもりだったのですね。それでほむらは激昂するのです。

魔女のほうがエネルギー回収効率がいい。

相手が魔女のほうがエネルギー回収効率がいいそうです。
希望の魔法少女から、絶望の魔女へ、この感情の相転移が最もエネルギー変動が大きいですからね。
これを観測したいのでしょう。

まどかの秘密が暴かれるくらいなら魔女になってやる

自分を捨ててでもまどかを守る、そういう人ですよね、あなたは。

呪いとともに永遠を

根本的な考え方はまどかと通ずるところがあるはずなのですが、それが希望側でなく絶望側に回ってしまうため苦しむ羽目になるんですよほむらさん。
ここにも出てきましたね、永遠。

魔女化したほむらを見つめる4人、QB。

この時点では、もうみなさん真相を知っているご様子。
さやかとなぎさはどこまで話したのでしょう。

かつてまどかによって理の因果を外れた
まどかが忘れていた記憶と力を返しに来た。

「君たちは一体……」
円環の理から呼び込まれた2人は、まぁ円環の理の一部とも言えますか。記憶がありますからね。
荷物持ちのようなもの、とさやかは表現しましたが、まさにその通りで。記憶と能力を持ってきたようです。能力を持ってきたというのがちょっと引っかかっていて、アルティメットまどかさんの能力を持ってくるとなると相当なことになると思うのですが……なんとかなるもんなのですかね。
力を返すというのは間接的な表現で、実際には結界を破壊することでそれを叶えたのかもしれませんが。

「この世界で死ななきゃいけないの」
「一人で背負うなって」

魔女ほむらとさやかの会話。
時間操作ができるほむらは、これまで誰より情報を持っている存在でした、そのはずでした。
しかし今回、さやかやべべのほうが事態をより詳しく把握していますね。
こう諭されることもなかなかないのではないでしょうか。

何の未練もないはずだけど。やっぱり心残りだったのかな。杏子を残したことが。

ここのカップリングっていつの間にここまで進展してたんですかねぇ。
そしてさり気なく茶々入れるなぎさ。

独りぼっちになっちゃダメって、言ったじゃない。

あなたがそばにいてくれれば、どんな罪も背負えるわ。

……うーん、なんかすれ違ってるんですよね、ここ。
どんな罪も背負える……ねぇ。意味深なんですよねこのセリフ。
あの状態においてはもう魔女のままこの世界で堕ちることは考えていないと思いますし。

……悪魔化、ここで方針が定まってきているように感じますね。

「もう私は、ためらったりしない」
この想いは誰にもわかるはずがない。まどかのためだけのもの。全てはまどかを想ってのこと。

これもう悪魔化決心で違いないように感じるんですよね、後々考えると。
まどか至上主義、ここに極まり……と、自惚れるほむらさん。
まどかのためだったら私はどうなってもいい、というセリフの言い換えですよ。

……で結果、悪魔化。
アルティメットまどかさんから「まどか」と「円環の理」に分離。「まどか」を取り込んで世界を再編します。
ここで先ほど書いた「魔女に空間を形成する能力があるのか」になるんですよね。

ソウルジェムを濁らせたのは呪いでも絶望でもない感情の極み、愛。

愛でソウルジェムが濁るのだったら、それは愛で魔女化する可能性をも示唆しています。
魔女化されることで空間形成の能力が備わるならば、ほむらの莫大なエネルギーを使えば世界を改変することも可能、なのでしょうか。前々回の考察記事で因果の積み重なりに言及しましたが、アレももちろんあると思います。
インキュベーターの言う、魔法少女になる時に願いが叶う、というものがインキュベーターによるものでない場合、つまり魔法少女化すること自体にその能力が備わっている場合は、逆もありうるのですね。
魔法少女が魔女化する際にも願いが叶う。むしろ、その時のほうがエネルギー放射が大きいですから叶う願いも大きいかもしれません。
それも魔女を通り越して悪魔化ですからね。世界の再編も可能となるでしょう。

現実世界の観測台にいたほむらは「魔法少女」です。
結界世界内のほむらは「魔女化」しましたが、撃破され現実世界のほむらが目を覚ましました。
現実世界の魔法少女ほむらは、アルティメットまどかに邂逅し、愛大爆発で「悪魔化」しました。
こういう流れで、あってますかね。

人類の感情は制御できない。危険すぎる。
QBは呪いの処理に必要。

さすが悪魔、鬼畜の所業。
これまでずっと弄ばれてきましたからね、きっちりお返しさせてもらいますよ、と。
……まぁ、人類の感情を甘く見過ぎでしょうよ。
インキュベーターの言うのことにも一部わかることはありますが、これは言いたいですね。

まどかがまどかでなくなる前の人としての記憶だけ分離。

円環の理システム自体にはほぼ触れずに残っている、という旨の言葉。
「人としての記憶」というのは果たして「アルティメット化する前」を指すか、「魔法少女化前」を指すか。
……ほむらの願いを考えれば簡単に分かりますし、このあと分かります。

ほむらの言うとおりに、人として再び生きられることを喜ぶさやか。

ここの場合は「人として」は円環の理の存在ではなく、現実世界に生きる者としてという意味になってますね。
ほむらにとっては基本的にまどか以外のことなんてどうでもいいはずですんで再編世界に取り込まなくても良かったはずですが、まどかには必要との判断でしょうか。
……それとも、結界内世界で世話になったから、ということでしょうか。
マミさんを想った発言をチラッと聞いてから、後者の考えもアリかなと若干思ってます。
とはいえ、再編世界ではまどかは転校生ですからね。まぁそれから良き友になるとは思いますが。

さやかはまどかの気持ちを理解しているはずです。
さやかとほむら、どちらがまどかの本意を拾えているのでしょうね。
……たぶんどちらも合っていて、どちらも間違っているのでしょう。視点が違うだけですよ。

さやかには指輪
杏子にも指輪
まどかは指輪なし

円環の理が残っていますから魔法少女も残っています。
この流れから、おそらくマミさんも魔法少女で、なぎさも魔法少女でなくす必要がないですから魔法少女かもしれません。
……まどかには、指輪なさそうでしたよ。いや、卵型にしていたらわかりませんが。
ほむらが願った世界です、まどかが魔法少女になることは基本的にないと見ていいでしょうね。

あんまり変わってないのかも。むしろ変わったのは私の方……
もっと違う役目があったはずなのに、どうして……

ここで若干記憶を戻しかけるまどか。このシーンが予告CMで打たれているんですから驚きです。
円環の理から引き剥がすのがうまくいかなかったんですかね。そんなミスを犯すのか。
引き剥がされた時には、まどかに防衛反応するほどの余裕はなかったでしょう。
……まぁ記憶の残滓、程度でしょうか。マミ、杏子、さやかにもそんな素振りありましたしね。
「円環の理」からのちょっとした「叛逆」かもしれません。

この世界は尊いと思う?
尊い。自分勝手にルールを破るのは良くないよ。

ルール。「円環の理」というシステム。
秩序を守るためではなく、己の欲望のために行動したほむら。
だから、まどかと敵対する運命にあることを悟っているのですね。

もしかすると、まどかが円環の理としての記憶を再び取り戻した時、その時こそがほむらとまどか、敵対する場面になるかもしれません。「秩序」の象徴と、「欲望」の象徴です。衝突はさけられないでしょう。
TVシリーズOPコネクトの終盤は、まどかとほむらが対峙するシーンになっています。
本編、映画通して殆ど見られなかった場面ですが、もしかしたらこの先、見ることになるかもしれません。

丘のある公園。半月。
月のある側から、高台のある側から、月のない側に、下に、落ちる。

画面左側に半月があって、公園の高台になっています。
画面右側は月が欠けていて、高台から崖になっています。スッパリ縦一直線に。

このシーンも映画の終盤を集約していると言えますね。
月はまどかの、ひいては「円環の理」の象徴ですが、それが欠けていることは一部切り取ったということ。
また、月のある側から崖へ堕ちることは月の、神の加護から逃れることも意味します。
下に堕ちること自体にも「悪魔落ち」の意味合いがありますしね。

そう、書く場所がないのでここに書きますが、ED後にQBを見つけたほむらは踊ってますね。独りで。
OPはほむらの望んだ世界でしたが、自分は納得できないのですよ。自分が納得できる世界はこっちの世界なので。しかし、独りですね。

リボンで締められる窓。

リボンで閉められた窓。この窓、冒頭のイントロダクションでソウルジェムが落ちていった窓です。
まどかが持っていた円環の理としての仕事は、ほむらによって閉じられたのです。
そういう意味合いを持っていると思いますよ、このシーン。

以上ここまで。
さくさく書いてきたつもりではありましたが、案外長くなってしまいました。

なんだかほむら主点のストーリーですから、ほむらに感情移入しやすすぎてアレですね。
いろいろと感情の波が起こってしまいそうで恐いですはい。

まどか☆マギカについてはこのへんで終えておこうと思います。
書こうと思えばいくらでも書ける作品とは思いますが、きりがないので。
予想以上に面白いストーリーでした。
ちょこっと次編に期待しつつ。

最後に一言。

……鹿目まどかを想い、自ら悪魔化した暁美ほむら。

その姿は、ひどく愚かで

ひどく醜く

ただ、どこか儚く

そしてやたらと美しい。

……そんな印象を持ちました。最後。
おわり。
入場者プレゼント第三弾でいただいたフィルム。
Twitterに上げるのもネタバレのもとなのでこちらに上げときます。

11月9日シネマサンシャイン池袋1040の回

イメージ 1

アルティメットまどかさん、一応いるんですがハッキリしない……微妙な。物語としては重要なシーン。
この後に起こることも知らずに……。

11月11日T・ジョイ大泉1355の回

イメージ 2

異世界での戦闘中。魔女ほむらがいるのが見て取れますが、詳しくどのシーンとまでは特定できませんな。

こんな感じ。つよめではありますが、そこまででもないレベルでした。
さて、前回からちょこちょこ流してはいましたが、ひと通りまとまったので書いておきます。
明日にでも確認がてらもう一度見に行こうかな。

物語の全体的な流れ

物語冒頭から強烈な違和感を覚える。
5人仲良くナイトメア退治して、至って平凡な日常なのに。
何かがおかしい、この世界は何かが間違っている。
(※1)

だんだん自分の記憶を取り戻していくほむら。
自分の認識と最もずれている杏子に相談し、その違和感が本物だと確信する。
メガネを外し、三つ編みを解くほむら。この時点でほとんどを思い出したか。

Bebeにつめよるも、彼女は何も知らない様子。
長年連れ添ってきたことになっているマミと対峙するはめに。
しかしそこへ割って入ったのはさやか。また消火器投げか。

世界が改編されている。しかし改編されているにもかかわらず、魔法少女に一切干渉してこない。
改編できるほどの力を持っているのが魔女である以上、現状維持がなされているのはおかしい。
そもそもこの世界に魔女は存在しないのだ、ある例外をのぞいて、は。
(※2)

さやかは世界が異なることを知っている。なぜなら、元の世界から引き込まれた者ではないから。そしてその立場になりうる人物がもう一人いる。
(※3)

一方、この現象が魔女化した自らによるものだと気付いたほむら。
まどかの「独りになっちゃダメだよ」「みんながいる世界が一番大切」という言葉を聞き、独り決意を固める。
(※4)

改めて杏子に電話をし、まどかについて知っているか問う。当然のように知っていると答えた杏子は、その質問の真意に気付き驚愕する。それもそのはず。まどかの存在自体、虚構のものなのだから。
(※5)

ソウルジェムから100m離れても死ぬことがないことで自分が魔女であることを確信するほむら。それがきっかけで、彼女自身が構築した世界が崩壊し始める。
(※6)

そこでインキュベーターと対峙し、真実を聞き出すほむら。
現実世界において、魔獣退治を積み重ねることで、濁りに濁ったほむらのソウルジェム。その口から、魔法少女は魔女化することなく円環の理に、ほむらの言う鹿目まどかという存在に導かれることを知ったインキュベーター。
(※7)

そのシステムを理解し、また支配下に収めようとしたインキュベーターは、ほむらとそのソウルジェムを封印し、円環の理に干渉されない環境を構築する。
そこで濁りを進めたソウルジェムがどのように進化するのか観察し、また円環の理との接触を観測することで支配しようとしたのだ。

その目論見を知ったほむらは魔女化。この結界内世界で破滅し、闇に落ちて永遠の時を刻むことを決意する。円環の理による救済を求めないことで鹿目まどかの存在がインキュベーターの手中に落ちることを避けようとした。(※8)

しかしさやかとなぎさにより記憶を取り戻した他の魔法少女(それでもまどかの記憶は不完全、というかそもそも完全な記憶はない)。このままではほむらが報われないため、魔女ほむらを制圧しつつ結界内世界の崩壊と、干渉遮断装置の破壊に成功。
現実世界で目覚めたほむらは、ついに円環の理との邂逅に成功する。
(※9)

だがそもそも、これではインキュベーターの思う壺。
このまま自分が救われては、何も解決しない。
(※10)

そこで、ほむらは円環の理からまどかがまどかである部分を分離、改めて世界を再構築する。
(※11)

意表を突かれ、また予想以上に強大なエネルギー放射に戸惑い、人類から手を引こうとするインキュベーター。
しかしこれまでさんざん弄ばれたほむらは、それを見過ごすはずがない。改変後の世界で、浄化に貢献してもらうとして強引に引き戻す。
このエネルギーは、「願い」からでも「呪い」からでもない。この想いは「愛」であると豪語するほむら。
永遠の刻を神であったまどかと対極の存在となることを決意する。
それはまさに「悪魔」
(※12)

書き換えられた世界では、誰も記憶を残していない。その残滓が残っていたさやかも、ほむらを糾弾した後に記憶を消される。
(※13)

まどかと再会したほむらは、彼女が記憶の残滓をもとに円環の理とリンクしそうになるのを制止。
かつて、ほむらを過酷な運命から救ったまどかが渡したリボン。今回は、まどかを過酷な運命から救ったほむらが渡す。
(※14)


考察

私的解釈を多分に含みます。

※1:結界内世界の存在

私としてはこの世界はあまり重視していません。
ほむらが願ったことが具現化しているんだろうな、程度に。こんな退治ができたらいいのに、魔女とか魔獣じゃなくてナイトメアみたいなのが敵なら良かったのに。

※2:Bebeってなんなの

世界の創造主であるほむらは魔女だが、創造主のため例外といえるでしょう。
Bebeが魔女でないと言い切れるのは、ほむらは魔女のいない世界を望んだからです。実際、Bebe=なぎさは円環の理からさやかとともに結界内世界に取り込まれた存在であり、魔法少女ですから。
他の視点から見ても、魔女が現状維持を望むとは考え難いのですね。魔法少女と敵対する存在だからです。現状維持を望むのは、その世界が魔女にとって理想の世界でなければいけません。つまりその魔女は、創造主であるほむら、ですね。

※3:どこから来た人々か

まどかのいる生活をおくる上で必要な人々は、ほむらのソウルジェム外、現実世界から呼ばれてきています。しかし現実世界において既に円環の理に導かれていたさやかとなぎさは、円環の理から呼ばれてきているため、まどかからある役割を受けてきています。
TVシリーズにおいて出てきたシャルロッテも、過去の時代に魔女化した魔法少女でしょう。時間軸を超越している円環の理は、魔女化する前のなぎさの状態で救済しているのでしょうね。

※4:まどかの本音?

これがまどかの本音だとしたら。ほむらはTVシリーズ終盤で彼女を魔法少女にしてしまったことを後悔し、自分がその運命を背負おうとするのですね。
まどかはほむらに説きつつ、解けてしまっていた(とまどかは思っていた)ほむらの髪を三つ編みにしていました。結局その髪を解いてしまうのは、この世界に残っていてはいけないという決意の現れでしょう。

※5:まどかがいてはいけない

現実世界において円環の理となっているまどかを、導かれていない杏子はそれこそ概念としてしか認識していないはずです。鹿目まどかの存在は、現実世界ではありえないものなのです。

※6:閉鎖空間の崩壊

世界が炎上してますね。こういう表現はちょっと苦手です。というかいくら風見野に抜けようとしても抜けられない表現、とてもホラーチックで恐怖を感じました。

※7:ほむらがソウルジェムを濁らせた原因

まどかが円環の理となったことを知っているのはほむらのみ。それがまどかの願いだからを自身を納得させて奮闘していたとは思うのですが、やはり会えないのは辛かったでしょうね。ソウルジェムが濁ったのはここにも原因……と言うかむしろこっちが主要因では。

※8:インキュベーターの観察

干渉遮断装置に入れつつ、ほむらが救いを求めることで円環の理との接触を観測しようとするインキュベーター。現実世界から人々を連れてきたように、干渉遮断装置の内側から外側へ干渉することはできるのです。ゆえに、魔女化を感知されずに遮断しつつ、内から救いを求める必要があったのです。

※9:神・降臨

誰もがここでハッピーエンドと思ったであろうシーン。
頂いたフィルムはここだったのですが、アルティメットまどかさんが判別できるかできないか。明度が高くてな。
さやかとなぎさが円環の理の使いであったこともここで明確に。

※10:気持ちのすれ違い

使いを出してまでほむらを救おうとしたのは、まどかの気持ちから、ということにほむらは気付いているでしょうか。まぁ、気付いていても気付いていなくてもやることは変わらないでしょうね。ほむらの目指すことは、円環の理という概念として世界から孤立してしまったまどかを救うことにほかなりませんから。

※11:「愛」よ

神の力をも凌駕してしまうほどのほむらの「愛」の力。
まどかの本音を叶えるため、であり、また自分の「まどかと共にありたい」とする願いでもある。そして「自らのソウルジェム内に世界を構築してしまうくらいに濁った負をまどかに負わせたくない」という考えはなかったでしょうか。
円環の理に導かせるにしろ、それをまどかが負う必要はない。だから概念とまどかを分離するという決断に至ったのではないか、と。

ところで、なぜほむらは現実世界を再構築することができたのでしょうか。まどかが円環の理システムを構築し世界を改編した時には、自らが魔法少女になる時に願いがひとつ叶う、というインキュベーターの能力?を用いたものでした。しかし今回ほむらは既に魔法少女。如何にして、円環の理からまどかを分離した世界を再構築したのでしょう。魔法少女、魔女の持つ強大な力は世界の改編にまで及ぶものなのか。もしくは、それほどの濁りをためていたのか。
ソウルジェム内に世界を構築するほど濁りをためていたほむらならでは、と考えることもできるでしょう。また、TVシリーズにおいてまどかが強力な魔法少女となったのは因果が積み重なった結果でしたが、それはほむらにも言えることではないのでしょうか。そこから、ほむらは異例ながら強大な力を持つことができたと考えることもできます。

※12:ほむらの自己犠牲

どうしてこうなったと、誰もが思うシーンではありますが、ほむらの選択としては魔女化して自身が破滅する、と本質的には同じです。自身が闇に落ちることで、まどかを過酷な運命から救おうとする姿勢については共通していますから。
円環の理からまどかである部分について分離しましたが、それは今後も円環の理システムが存続することを意味し、また円環の理が存続するということは魔法少女が存在し、魔女化する可能性が存在していることも示唆しているのです。
かつてまどかが選択した、未来永劫魔法少女を救済する責務からほむらは解放したといえるのではないでしょうか。まどか自身では望めなかった「みんなといっしょの世界が一番」と「魔法少女を救う」という相反する2つの願いを両立させた結果です。

※13:叛逆の物語

ほむらのしたことは、確かにまどかの願いを踏みにじるものであったかもしれません。しかしそれでも、まどかの自己犠牲的願望達成を認めることはできなかったのですね。自らが闇に落ちてでも、まどかの双方の願望を達成させたのです。最終的に自己犠牲を選ぶのはTVシリーズ終盤のまどかと同じで、これは※14で書きます。
で、神に抗ったわけですから、これが叛逆ですよね。神に叛逆する者はまさに悪魔でしょうね。
つまりこの物語が

「暁美ほむら」が「神である鹿目まどか」に「叛逆する」物語である。

という私の視点に収束します。

※14:反転の物語

基本的にこの叛逆の物語は、これまでまどかがほむらにしてきたことを返していくお話です。
それがはっきりわかるのはこのシーンであったり、転校してくるのが逆だったり、魔女を超越した存在になったり。
ほむらは一連の行いにおいて、まどかの願いである「みんながいる世界」と「魔法少女を救う」の双方を守っています。また、まどかに忠告された「独りになっちゃダメだよ」と「人間関係を大切に」の双方も守ろうとしています。しかし後者については、ほとんど人間関係をリセットしたも同然の状態になっています。
これも結局はまどかが選択した道を、自らが受けているのです。まどかは円環の理となることで救済した魔法少女としかコンタクトできなくなりましたが、ほむらもこの選択を是としない魔法少女との関係を断ち切っていますね。正直、彼女にとってはまどかさえいればいいのです。他の魔法少女はモブに過ぎません、良くて道具でしょうね。
ほむらは1人ではありません。しかし、どう見ても独りに見えます。円環の理であったまどかを見て、ほむらは「まどかが独りである」と感じていたのでしょうね。

総括

「愛」でしょうね。まさしく。
親愛とか友情とか恋愛とかそういう限定的なものに縛られない超越した感情、「愛」。彼女らの存在にピッタリじゃないですか。
この物語、ハッピーエンドでしょうか。うん、ある意味ではそうでしょうね。私もそう思いますよ。
ですが、そんな感じは全然しないの、なんででしょう。みんなの望み通りなのに。

……この終末に、人の心をほっこりさせるような温かい「愛」を感じますか?

それとも

……一方的で歪んだ「偏愛」を感じますか?

私はこの作品から、溢れるほどの「愛」を感じました。「愛」に溢れる終わり方は、ハッピーエンドなのでしょう。しかし今回、いくら「愛」に溢れていてもそれが全人的に通用するものではないのだなと感じました。
こんな経験は初めてですね。


……とりあえず終わり。
---11/09---

タイトルの通り。
見てきましたまどかマギカ。


いろいろあとで書きますが、とりあえず思ったことを一言だけ。


これは

「人間関係はどれも尊いもの」で「独りになっちゃダメだよ」というまどかが、その優しすぎる性格から自らが「独りに」なってしまう、それを覆す物語。

「暁美ほむら」が「神であるまどか」に「叛逆する」物語である。

と私は読み解きました。


今後書くであろう考察も、この視点から書いていきます。

---11/10---

いくつか考察を見て回りましたが、あまり他では見かけない視点を感じているので書いておきます。

三点

【なぜほむらはまどかに救済されることを拒み、自らが悪魔となったか】


キュウべぇとの関係や、まどかの願い「独りになりたくない、ほう」を叶えるためと言われている。というかそうなのですが、もう一つ。

「自らの中に世界を創造してしまえるほどの魔女である自分の濁りを、まどかに背負わせたくなかった」

から。「愛」によるものであるならば、こういった考えも可能では。

もうひとつ。

【なぜほむらはあそこまで強大な力を持つ魔女になりえるのか】

インキュベーターによる干渉遮断装置により過度に負を溜め込みすぎた、ということももちろんあり。
ただ……

「度重なるタイムリープによりまどかが強大な力を持つ魔法少女になれるなら、それが負の方向に働くと強大な力を持つ魔女にもなれるのでは」


【なんだか似たような物語を何処かで見たような気がする】

映画見てて中盤くらいまでなんだか感じていたことがありまして。

世界の改変だとか時間軸への干渉だとかそんな話を聞いてると、そういう理論への私の視点はやっぱりあの作品がベースになってるんだなと改めて感じるのですが。

「好きな人」と「こんな日常を送りたかった」という「自分の妄想」を「能力を使って具現化」してしまう……
「普段と変わらたい"ような"日常」に「妙な違和感」を覚える……

……涼宮ハルヒの消失?

……まぁ、鑑賞したシアターが同じなせいもあるかも、ですが。

そもそもTVシリーズor劇場版前後編で明かされたほむらのタイムリープはエンドレスエイトに通ずるところがあるとも読めるわけで。こっちの場合は「ループさせている人(ハルヒ)」「ループを止めたい人(キョン)」「ループを知っている人(有希)」全て同一人物(ほむら)だけど。

今回は消失。「改変させている人(有希、能力はハルヒ)」「改変を戻したい人(キョン)」「改変を知っている人(有希)」こちらも全て同一(ほむら)。

……今日の追記はここまで。

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