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12月8日に退院して2ケ月がすぎた。
自宅での生活で最初に悩まされたのが便秘だった。10年来の便秘だったから飲み薬の量や種別に手慣れたつもりだったが、調子が狂ってしまっていた。便秘と下痢が交互にくりかえされた上に残便感が、つきまとった結果20分以上も便器に座る始末になった上に回数が増えてしまった。つまり一日に5回から7回もWCで過ごすていたらくとなった。(なお便が白っぽくなったが、これは胆嚢を除去したからであろう。) が、それも一ケ月ほどしたら若干変化してきた。色こそ白っぽいままだったが下痢便が減って、そのかわりのように下腹の筋肉が痛くなってきた。便座で気張るせいかとおもったが、数日後には就寝時に仰向け以外の姿勢がとりづらくなった。横向きになるとその下側になった腹部に疼痛をともなったからである。 そこで(退院して五十日目)近くの病院で診て貰ったら、
「腹膜に炎症があり、水がたまっている。手術先の病院で診て貰うべき」 との所見を主治医宛に書いてくれた。下腹部の筋肉が痛いと思っていたのが実は腹膜がそうだったのである。 腹膜炎なら10日も入院すれば直るだろうと入院の準備をして幽門癌の手術をした総合病院の担当医師を訪ねた。 触診した後、私に左右の脇腹に手を触れさせた主治医曰く 「しこりがありますね。つまり癌性腹膜炎です。残念ながら治療法はありません。痛み止の処方以外に治療の手だがないのです。入院しても栄養剤の点滴するぐらいです。」 「5月の孫の結婚式に出席できますか」
「うーん・・・」
と、当方の問いかけにはかばかしい返事はなかった。
端的に言えば、入院を断られた上に、この先には痛みに続いて死が控えていると宣告されたようなものだ。
ガックリきましたね。 となれば、いたしかたがない。観念するしかない。
痛み止め(錠剤と座薬)だけを処方して貰って帰ったが、現在、日中の半分は寝ているにしろ、洗顔や食事入浴など健康時と大差なく過ごしているが、これも時間の問題らしい。以外に病状の進行が早いような口調だった。 幽門癌手術前の説明時、ステージ4との説明があった。(5年生存率10%から20%以下)つまり数ヶ月さきに死ぬ確率が高いということだったが、手術が成功して退院して、何とか曲がりなりに日常生活を送っていると、生存率がリセットされたような気分でいたのだったが、そうは問屋が卸さなかったわけだ。
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コメント(9)
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9月血便が続き胃痛が激しく10キロやせましたが、定期的な血液検査の腫瘍マーカが正常値だったので胃潰瘍だと思っていたのです。10月14日に入院し胃カメラをのぞくと幽門部を塞ぐように腫瘍があり出血がみられました。
診断は癌でステージ4とのこと。胃の三分の二と十二指腸の摘出加えて胃酸の処理のための肝臓と胃との接合部へのバイパスを作成、なお胆石がある胆嚢も摘出しましょうとのこと。
10月31日に手術。それまで絶食の上検査に次ぐ検査があったのでした。術後問題になったのは炎症マーカーが下がらない事でした。11月12日は家内の3年忌でしたが、病院のベッドの上では念仏しかあげられなかったのが残念と言えなくもなかったのでした。
11月24日まで絶食が続き、その間もっぱら食べ歩きのTVや料理の本をみていました。最初の薄い粥が有り難かったですね。でもお世辞にもおいしいとは思えませんでした。病院食だからと思っていましたが、現在からして、どうも少し味覚が変わったようです
12月に入って炎症マーカーの数値が下がり傷口のガーゼも汚れなくなったので,この8日に退院いたしました。体重現在59キロ、トータルして14キロやせました。
医師から抗ガン剤の服薬を熱心に進められていますが、断って帰ってきたところです。
画像はウエブ上から類似の画像を選んだのですが、私のそれはもう少し凸凹があって、全体から出血が見られたのでした。
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