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○第七番、補陀洛山、円通寺 (平成16年10月16日)
まだ日は高いがあまり余裕はない。納経所が閉まるのは早い。これから岡山周辺に残る二ヶ所を打ち終えるには時間が足りないことは確実だ。
一ヶ所も難しいかもしれない。閉まっていれば出直すだけなので、まずは行くだけ行ってみる。
水島の工業地帯を抜けて高梁川を渡り玉島の町を抜けて走る。円通寺への表示がほとんど見られない。結局、国民宿舎良寛荘を目印にした。しかし良寛荘へ向かう路地の入り口を示す表示がこれも大変にわかりにくい。一度は通り過ぎてしまった。
寺は住宅街の上にある。途中に駐車場の表示があるのだが広い道が続いている。もっと近くまで行けそうなのでそのまま登ってみて大失敗だった。上り坂の途中でいきなり道が細くなりそのまま未舗装の歩道となってしまった。
左にある良寛荘の裏口から駐車場へ入って方向転換をしようとしたがあえなく立ちゴケ。泊り客の誘導へ出ていた職員が起こすのを手伝ってくれた。
下の駐車場まで戻ろうとしていると、まず怪我がないか心配してくれた。さいわい、体は全く問題なし。立ちゴケは慣れている。次は車がきちんと動くかどうか場内を走ってみるようにいわれる。生憎と左のステップが折れ曲がってクラッチレバーも半分折れているが、運転操作に支障なし。走行にも問題なし。
さらに円通寺への参拝ならここにそのまま停めてもいいといっていただいた。ありがたい。本当にいい人だ。転倒のショックもかなり薄らぐ。
ここでの教訓は駐車場があればそこへきちんと停めろということか。
100m足らずで円通寺に着く。円通寺は良寛荘の名前が示すとおり良寛和尚に縁のある寺。若き良寛が修行に励んだ寺だ。
実は良寛についてはほとんど知らない。知ってるのは子供たちと鞠つきをしていて遊んでたということくらいだ。
石段を登ると巨石と植込で組まれた庭がある。落ち着いた風情だ。
夕方のためか本堂正面の扉が閉まっていてるので少し心配になり納経所へ向かった。受付は4時までとなっていて誰もいない。今は4時20分。
少し考えたが無作法を承知で呼び鈴を押してみた。待つことしばし。年老いた奥さんが出てこられたので御朱印を頼んだところ快く受けてくださった。
岡山はここが最後の札所かと尋ねられるのであと一つ残っていると答えると廻るのが少し遅いのではと指摘された。のんびりと廻っていますから、と答えたが納得されてない様子だった。各札所でゆっくりする巡礼は少ないのだろうか。大体は朱印を受けると直ぐに次へ向かうようだ。納経所にしか足を向けない者もいるとか。本堂を素通りするのは本末転倒だと思うのだが。
これから帰るのなら、道中気をつけて、と見送られて納経所を後にした。
本堂は茅葺で質素な印象を受ける。生憎と扉が閉まっているので本尊も厨子も拝むことはできないがお勤めだけは済ませた。ここは本堂を通り越して最初に納経所に向かったの朱印を頂いた後の拝むのは順序が逆だが仕方ない。
境内は山の斜面を利用していて広くはないが茶室、良寛堂、白雲閣など多くの堂宇が立ち並ぶ。そして散策しているといつのまにか公園にでてしまう。円通寺公園と一体になっているのだ。華美なところのない本堂に人気のない閑静な境内は子供たちと鞠をついていた良寛和尚の人柄をしのばせるようで心和む。
しかし、その有名なシーンは後年越後出雲崎へ戻ってからの出来事のはずなので、こことは全然関係がないのだ。良寛といえばあの好々爺としたイメージが強すぎるので全てがそこへ連想されてしまう。公園にあるのもやはり鞠と子供の像なので、誤解も許されそうな気がする。
良寛荘の職員といい円通寺の奥さんといい親切な人たちでありがたかった。転倒はしたものの人の温かさに触れられ慰められた。
玉島ICより高速に乗って一気に帰宅。約450kmの旅が終了。
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