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○古代幻想、淀江(伯耆古代の丘公園界隈) 天神垣神社 (平成16年10月31日)
元の道に戻って上淀廃寺への小道をさらに進むと天神垣(あめのかみがき)神社への石段が現れる。参道を登ると途中に東屋がありそこに記念碑と石馬に関する説明がある。
石馬というのは読んで字の如く石で出来た馬のことだ。全長1.5mほどで足は途中で失われていてる。頭の部分も磨耗なのか最初からなのか目鼻などはっきりせず結構つるっとしていて体も丸っこい形なので、全体にぬいぐるみのようなシルエットになっている。なんとなくかわいらしい感じだ。
最初は先の石馬谷古墳の側に石馬大明神として祀られていたが、廃仏毀釈か一村一社令の影響なのか知らないが明治に廃絶したためここへ移されていた。
ここへ移されたのは文化的歴史的に価値があり保存しなければならないという理由からではなく、単に地元住民が長年慣れ親しんで祀ってきた石馬がうち捨てられるのが忍びなかったということのようだ。貴重な考古学的遺物と再認識されるのはその後のことだ。今では国の重要文化財となり淀江町歴史民族資料館に展示されているのでここは記念碑だけになっている。
石馬は石製の埴輪の一種とされるが実際のところ何なのかは不明だ。明確な記録もない。石馬谷古墳から出土したとされているがこれも定かではない。古墳の葺石とか出土品の中の石製品が石馬と同じ石で作られているとされるので古墳と関連するものなのは確からしい。
参道を上り詰めると新しい小さな社殿が現れる。方二間の妻入りの本殿に縋破風付き平入りの拝殿。どこにでもありそうな村の鎮守といった造りだ。
変わっているのは境内隅に瑞垣で囲まれた御神木と思われる立ち木があり、そこに藁でできた大蛇がいることだ。調べてみるまで全く知らなかったが八朔祭りと呼ばれるものがあり、その大蛇らしい。藁で長く編んだ縄の大蛇を作って供え、その後胴体で綱引きをする祭りとのことだ。八岐大蛇を素盞嗚尊が退治したことに由来するのだろうか。素盞嗚尊は蘇民将来と同一と考えられているので藁の縄ということから茅の輪くぐりの意味もありそうだ。実際はさまざまな伝承と風習が入り混じり形作られたものだろう。
ここの社名は天神と付いているのに少彦名命が祀られている。もと天満宮と呼ばれていたともいう。天神や天満宮といえば菅原道真と決まったものだがどうして少彦名命なのだろうか。実に不思議だ。
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