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○第二十七番、瑞塔山、雲樹寺 (平成18年10月29日)
平成18年10月29日。久しぶりの雲樹寺(うんじゅじ)。土地鑑があるので裏道を通り安来(やすぎ)の市街をパスして到着。
田圃の中にあるお寺だが社叢で囲まれているため境内は落ち着いた風情だが車の音が耳障りだ。地元の生活道路の道端なので割りに交通量が多いのだ。
本堂である仏殿に向かって右に小さな入母屋の観音堂がある。珍しく沢山の納め札が扉にびっしりと貼ってある。
扉は開かないので格子越しに覗かせてもらうと両脇侍を文殊菩薩(もんじゅ)、地蔵菩薩(じぞうぼさつ)とする聖観音菩薩坐像(しょうかんのん)が居られた。あまり見かけない組み合わせだ。もっとも観音菩薩が主尊の三尊形式は両脇侍の特別の決まりがあるわけではないようなので、多い組み合わせといっても思い浮かばないのだが。
観音様は小さいが宝冠もきらびやかで実に雅な感じだ。間近で拝めないのが残念だ。
境内中央の仏殿には拈華微笑の釈迦如来(しゃかにょらい)という左に蓮の花を持たれた馴染みのない像が安置されている。正直、初めて拝見したので釈迦如来とは思わなかった。拈華微笑の故事は有名だが、それをモチーフにした仏像形式があるとは知らなかったのだ。
拈華微笑というのは「ねんげみしょう」と読む。
お釈迦様(しゃか)がで弟子たちに仏法を説いたとき、その一人から捧げられた蓮の花を黙って受け取りひねってみせた。皆にはその意味がわかならなかったが、摩訶迦葉(まかかしょう)だけがその意味を理解して破顔微笑したのでお釈迦様は彼に仏法の心理を授けたという故事がある。
悟りの真理は言葉や文字を使って伝えられるものではないということを表したものとされる。師から弟子へ経験を通じて言外に伝えられる「不立文字(ふりゅうもんじ)」という概念に通じる。これは禅宗ではとても大切にされているようだ。
仏殿にも納め札が大量に貼ってある。お札にはもちろん本尊の釈迦如来と書かれなければいけないのだが、中には大日如来(だいにちにょらい)、地蔵菩薩などという文字も見えていて様々だ。ありがたければ仏号はどうでもいいのだろうか。なんだか田舎にある、ほほえましさというかおおらかさというか、融通無碍なところを感じてしまった。
この寺は方丈(ほうじょう)の枯山水(かれさんすい)の庭が有名でつつじの季節は見事なのだが、10年以上も前だが既に拝観済みなので今日は遠慮する。また国の重文の朝鮮鐘もあるのだがこれも通過。
仏殿に向かって左にある宝形(ほうぎょう)のお堂は瑠璃堂(るり)。名前からももちろん薬師如来(やくしにょらい)のおられるお堂だ。実は仏殿は南面して建っているので瑠璃堂は境内の西にあることになる。普通は薬師如来は東に配される。それは薬師如来の浄土である瑠璃光浄土が東の果てにあるとされるからだ。
西に配されるのは一般的には阿弥陀如来(あみだにょらい)だ。そういえばここのお堂は池に囲まれている。こうした蓮池を持つ形も阿弥陀如来によく見られるものだ。お堂自体が本来は阿弥陀堂ではないかと想像した。
雲樹寺はそれ程有名な観光寺院ではないが三々五々と人が訪れるのが少し意外だ。その人たちと会釈ですれ違いながら山門から四脚門へと歩く。本来の順路からは逆走になるのだが、駐車場へ車を停めると境内横の山門近くから寺の境内に入ってしまうので、あちらこちらを見ようとすると仏殿から門へ向かうことになってしまうのだ。
重厚な楼門をくぐると参道は右へ直角に曲がる。その先にある四脚門は国の重要文化財。しかし、ありふれた簡素な門に見える。正直、どこがすばらしいかよくわからない。説明板がなければ気にも留めないだろう。
解説によれば、参道は別名「浮道」と呼ばれていたという。参道両側に流水を配して参道が水の中を渡って行くように見えたことからつけられたらしい。すばらしい視覚効果だ。
今は両脇を枯れかけた用水路に挟まれたようになっているが、そのように説明されれば往時の姿が眼に浮かぶ。
門にはお地蔵さまが立つ。山門にも立たれていた。酒だち地蔵というものも参道脇におられる。どうやら地蔵信仰が盛んな寺のようだ。
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検索から探していたブログに漸く出会えました。
印に足跡を残していきす。ペタッ
2008/5/10(土) 午後 10:07 [ ゆいか ]
いつも面白楽しく拝見させて頂いております。
今回初コメです。
これからのご活躍も楽しみに、もちろん拝読させていただきますよっ!頑張ってくださいね。
2008/6/2(月) 午前 3:43 [ はるか ]