同行二輪

いつまでも若葉な中年ライダーの古社寺旧跡紀行

中国観音霊場(第10回)

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○第三十一番、三徳山、三佛寺 (平成19年5月26日)

今日の予定は倉吉(くらよし)周辺の二ヶ寺しかないし、もうすでに長谷寺は打ったのでかなり道草をしている。寄り道ばかりではきりがないので、そろそろ三佛寺へ向かうことにする。

再び国道179号線に戻って倉吉市外を抜けて中国山地方向へ向かう。途中で県道21号鳥取鹿野倉吉線に入り三朝(みささ)を目指す。これは通称、鹿野街道(しかの)と呼ばれることが多いが旧山陰道と考えられている。道が海から離れた山側を通るのは古い街道には良くあることだ。鳥取倉吉間も例外ではなく海岸沿いを通る今の国道9号線とは違ってかなり山の中を通っていたらしい。

三朝温泉を越えると谷は徐々に深くなる。道路を跨ぐ三徳山(みとくさん)の大鳥居を過ぎるとほどなく門前に到着。

三佛寺(さんぶつじ)は中国地方を代表する修験道の寺として有名だ。地元では寺の名前でなく山号の三徳山と呼ばれることが多い。
古くは鳥取藩より寺領を受けるなど大きな勢力を誇り多くの堂宇があったらしいが、今はかなり寂れた山寺になっている。堂舎38、寺3千軒、寺領1万町歩、3千石を領していたと解説されている。少しオーバーな気がするが、昔日の面影がないのは確かだろう。

山の中の田舎寺にしては駐車している数が多い。豆腐と精進料理が有名なのだが、食事客の数以上の人が次々と姿を見せる。しかもその多くがハイキングの格好をしている。奥の院の投入堂(なげいれどう)を目的に来ているのだ。
この寺は近年訪れるたびに観光客が多くなっている気がする。

入山料を払う窓口で投入堂へまで行くかどうか受付の若者が訊ねては、靴の底に溝があるかどうか確認している。投入堂へはかなりの悪路でちょっとした登山になるからだ。滑落事故もある。
以前はこんな注意はなかった。観光客が増えているのだ。その分、事故も増えているのだろう。

納経の受付も入山窓口で行う。朱印帳はここで渡しておいて帰りに受け取るシステムとなっている。投入堂まで行きます、という人は次々と来るのだが、朱印帳を差し出す人はいない。

左右に今も残る僧坊を見ながら石段を登る。真っ直ぐに登りきるとそこが本堂前。
本堂は宝形造に唐破風付きで小さくはないが資料による以前の寺勢から考えると小ぶりだ。
堂内では左右に仁王が迎えてくれる。仁王門がなくなったのでしかたなく引っ越してきたのだろう。寺勢の衰えた寺ではよくある。

観音霊場の札所なのだが、本来は修験道の山岳寺院なので観音信仰が主体ではない。
創建ははっきりしていないが、縁起によると修験道の開祖の役小角(えんのおづぬ)、つまり役行者(えんのぎょうじゃ)が開いたことになっている。
役行者が「仏教有縁の地にこそ落ちぞ(仏教に縁のあるところに落ちるように)」と蓮の華を投げたところ花びらが三つに別れ、奈良の吉野山と四国の石鎚山とこの三徳山に落ちたという。そこで慶雲3年(706)、子守権現、勝手権現、蔵王権現の三所権現を祀ったのが始めとされる。
さらに、嘉祥2年(849)、慈覚大師円仁(じかくたいしえんにん)が、釈迦如来、阿弥陀如来、大日如来の三仏を安置して「浄土院美徳山三佛寺」と号したと記されている。つまりこの時から名前が三佛寺になったというのだ。

役行者や円仁の話が本当かどうかはともかく、この寺が修験道の聖地であり後に天台宗と結びついたことがよくわかる。

本堂の裏に投入堂への入山口がある。
投入堂は魅力的で個人的にも本当に好きな建物なのだが今日は登る予定にしてない。
注意すると本堂の前から本堂屋根の遥か上、山の中腹、木々の間に小さく地蔵堂(じぞうどう)が見えている。奥の院の投入堂はさらにその先だ。

ほとんどの人が本堂を通り過ぎて入山口へ向かって行く。中には本堂に向かって手すら合わせない人もいる。単なるレジャーでも投入堂観光でも軽登山でもいいが、信仰の山なのだから、登らせて頂きますくらいの気持ちはあってもいいと思うのだが。

宝物館に足を運ぶ。誰もいない。ここも本堂と同じく登山者とは無縁ようだ。
中にはいくつか狛犬が置かれている。投入堂も建物としては寺院建築でなく神社形式で、神仏習合をよく表している。修験道は元々神仏習合の要素が強い。
僧形坐像もあるが、ひょとすると神像として製作されたものもあるかも知れないなどと勝手なことを思いながら見て回る。

宝物館での一番の見所は蔵王権現(ざおうごんげん)の数々だろう。蔵王権現はもちろん役行者が修行中に感得したとされる仏で修験道で最も重要な仏だ。もちろん役行者創設の修験道の根本道場である吉野の金峯山寺(きんぶせんじ)の本尊となっている。
像容は一般的には忿怒相(ふんぬそう)で右足を上げて左足で立ち、右手は天に向けて挙げて左手は剣印を結び腰にあてる。挙げた右手は三鈷杵(さんこしょ)を持つこともある。
ここには、両足をそろえて立つものや、通常とは反対の左足と左手の方を挙げるものなど、通例でない形式も並んでいて興味深い。蔵王権現は日本で生まれた仏なので形が決まるまで様々な姿勢があったことが窺われる。大体に稚拙な感じのする田舎風の像で地方の仏師が彫ったと思われるのも楽しい。

一番中心には国の重文、典型的な蔵王権現立像が安置されている。これはとても洗練された像だ。いわば鄙にも稀な都ぶりといった印象を受ける。
実は観光客が続々と目指す投入堂の本尊がこの蔵王権現立像で、他の蔵王権現と一緒に安置されているのだ。投入堂での安置が難しくなってから宝物館に移されている。
山を登ってお堂は見学するが、その本尊は拝観しようとしないのは片手落ちだろう。この宝物館は料金が必要なわけでもない。入って見て損はない場所だ。

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2008/5/28(水) 午前 1:22 [ 由衣たん ]

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