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○美作州、一宮、中山神社 (平成16年7月24日)
一宮は平安時代から鎌倉時代にかけて完成していったもので、その地方の最も影響力のある神社が呼ばれるようになったものと考えられている。時代によって多少の違いはあるものの古代は全国を66の国に分けていた。江戸時代の藩や今の県と似ている。そしてその国ごとに一つの一宮が設けられている。
祭祀や神道体制の整備等が進むにしたがって神社が徐々に階層化してゆきその一番トップが一宮として定着するようになったものらしい。元は中央より派遣されたその国の国司が地方の土着の神に敬意を表すためかどうかその地の主だった神社を参拝するようになっていた。一番初めに参るのが一宮と呼ばれ、順に二宮、三宮となる。
発生はどうあれ一宮はその地方を代表する神社と言ってよい。中国山地の札所は打ち終わり今日の予定は終了したので寄り道をすることにした。
ここ美作国の一宮中山神社は津山の北に鎮座する。津山は城下町の面影を残している町で古い町並みの例にもれず道が少々判りにくい。何度も地図とにらめっこしながらなんとか鳥居前に到着。
大鳥居から大きな杉並木の参道を進む。静かな境内に壮大な神社は建っていた。さすがは一宮。でも参拝者の姿がない。
本殿は中山造りと呼ばれる。入母屋妻入りの独特の造りで美作一帯の神社は概してこの中山造りになっているそうだ。建築には詳しくないが切り妻と入母屋の違いはあるが大社造りと似ているらしく、出雲と吉備の両方の折衷をうかがわせるとのこと。美作が吉備と出雲の文化の中継点であったことを反映しているともいわれる。
主祭神は鏡作神(かがみつくり)。耳にしたことがないため後日調べたところ、石凝姥命(いしこりどめ)のことではないかとされる。全く別に金山彦命(かなやまびこ)とされていた時期もあるようだ。金山彦は鉄精製の神として知られている。鏡と言うのはもちろん銅鏡を指す。石凝姥命は記紀神話で天照大神の岩戸隠れの時に八咫鏡(やたのかがみ)を作った神だ。何れにせよ製鉄製錬に関する神様のようである。しかし美作の国はそれほど製錬が盛んな地ではないはずで、製鉄でよく知られているのはもう少し西の出雲の国の中国山地だ。
大和朝廷が吉備を経由して出雲を征した理由は製錬技術と鉱石を求めてという説がある。そういう点でも吉備と出雲の文化の交わる地としての美作を反映してるのかも知れない。
久米の里のところでの疑問がそのまま引き継がれた格好になった。いずれ何かを思いつくかもしれないが今は考えがまとまらない。
社務所はあるが閉まっている。一宮でこうなのだから木山神社の社務所が開いていたのはやはりすごいことだ。
帰り際、参道でタクシーでやって来た中年夫婦とすれ違った。一宮ファンだろうか。全国一宮参拝を行う人も割合多いらしい。しかし、社務所が閉まっていてはいろいろと不都合だろう。気の毒だ。
門前の道路は工事中で交通整理のオジサンが、バイクは涼しいでしょう、と声をかけてくる。とんでもない。そんなことはないです。暑いです。
今回は夏用のメッシュジャケットを着ている。初めて使ってみたが走り出せば確かに涼しい。こんなに便利なものがあったのかと眼からウロコが落ちるほどだった。想像以上に快適だったのは認める。特に山影の高速では涼しすぎるくらいで上着を着てないのかと思うほど風が通る。だが、それも走っていてのこと。一旦停まれば着ている分だけ暑い。エンジンからも熱気が昇ってくる。一気に汗が噴き出す。
誕生寺で火事のことを考えたからでもないだろうが、日中は30度を遥かに越える一日であったらしい。
手始めとしては上出来と思われた284kmの日帰り巡礼。
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