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○六十七番、瑞雲堂(釈迦堂)、六十八番、松林寺
松林寺への途中に「瑞雲堂。改築中につき松林寺へ」の表示がある。改修中では仕方がない。道も狭そうだったのでお堂へ参ることは止めさせてもらった。
松林寺へはスムーズに到着し、瑞雲堂のご本尊も境内のお堂に移してあったのでそこでお勤めをする。
改修中でご本尊がおられないことは甘露庵でも表示してあれば良かったのに、と思ったが、ひょっとすると表示されてたのだろうか。
何しろ初めての遍路で要領も悪いし心にも余裕がなく、いろんなことを見落としながら走っている。さらに初日ということもあり頭の中には次の札所のことしかない。周囲が全く目に入ってないのだ。とにかく打つことで精一杯といった感じだ。
出発前は、心に余裕、ゆっくり遍路、と決めていたが実際に行動し始めたとたんにそんな心構えはどこかへすっ飛んでしまった。急かされるように次の札所へ向かう始末だ。何事も頭で考えるのと実行するのとは大違いということなのだろう。反省すべき点である。良い経験だ。
本堂はきれいで最近の改築のようだった。ここの納経所にも誰もいないので庫裏のほうへまわるとご住職らしい方がおられたので声をかける。
「いつから廻っておられます?」「今日からです。」
「お堂も廻っとられるんですか?」「・・・はい・・・。」
「大変ですね」「・・・???」
一瞬質問というか会話の意味が理解できなかった。どうやら、集印できるお寺だけでなく全ての庵堂も廻るのはご苦労なことです、といった意味らしい。お遍路なのだからお寺もお堂も庵も全部を廻るものと信じていたのでかなり意表を突かれた。
集印のためだけなら納経所のある三十ヶ寺ですむのでひょとすると庵堂は打たない人もいるのかもしれない。しかしそんなことで良いのだろうか。疑問を抱きつつ次へ向かう。
お茶のペットボトルを接待として頂く。朝の涼しさはどこへやら、蒸し暑くなっていたのでありがたかった。
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