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菅原道真の幻影 その2 梅ノ木天神(平成17年10月23日)
富貴寺で立ち話を交わした老人に、この道は進んでゆけばそのまま抜けられるかどうか訊ねる。天神さんのところに出られるという。どこのことかよくわからないがUターンしてバックするより近そうだ。そのまま進むことにした。
走っていると道の行く先が少し怪しくなってきた。
「ここはどこの細道じゃ。」「天神様の細道じゃ。」これは、行きはよいよい帰りは怖いという歌の通りなのか。
道端で別のおじさんに聞く。どうやらもう一つの道が広いらしい。木次線をくぐる道を教えられて少しバックし山道をひたすら走る。途中で十字路となるが教わった通り直進。少々狭い。1-1.5車線の寂しい道を抜けるといきなり広い県道267号海潮宍道線に出た。
なんと菅原天満宮の前だ。そして、横に大きな社がある。梅ノ木天神(うめのきてんじん)だ。去年、菅原天満宮に来た時には全然気づかなかったが帰った後に梅ノ木天神というものが近くにあるのを知った。またいつかと思っていたがまさかここへ出るとは。(菅原道真の幻影 その1 菅原天満宮 平成16年9月12日)
境内は菅原道真(すがわらのみちざね)の生誕屋敷の伝承地とのことだ。ここの由来書はなかなか詳しい。
屋敷は藤原相元が伊勢外宮の職を辞した後ここ居を構えたものとされる。そして、菅原是善が菅原天満宮境内にある野見宿禰(のみのすくね)の故地を訪れた際に、その屋敷を宿として相元の娘と契り、子供が男だったら都に上らせよと命じて小刀を残して帰った。
丑年、丑日、丑の刻に男子が生まれたため、丑鹿児丸(うしかごまる)と名づけられた。道真が牛を愛した理由であるとされる。
さらに、梅の実に穴を開けて糸を通しておもちゃとしていた。道真は6歳の時に都に上って父と再会するが、上京に際し実をここに植えたところ発芽した。その梅の実には牛の鼻穴に似た穴が開いているので、鼻繰梅(はなぐりうめ)と呼ばれる。
菅公三梅というものがあり、太宰府天満宮の飛梅、道明寺天満宮の常成梅、そしてここの鼻繰梅だそうだ。
読めば読むほどすごい伝説で驚くばかりだ。その鼻繰梅の他、産湯の池などもある。
ここでは話が完成されているところがすごい。
社は大きい。道の向こうにある天満宮よりも華やかだ。二つの社の相互の関係が不明なところがあるが、こちらは梅ノ木天神大教会という。その名前から近年に新しい宗教法人として登録されたもののようだ。道を訊ねた老人の「天神さん」というのは梅ノ木天神のことだったのだ。どうやら近隣に有名なようだ。それに対して天満宮は少し大きな地区の氏神といった感じだ。
向かって右奥に大きな金色の観音像が立っている。菅原観音というものらしい。神社に観音像というのは戦前にはありえないので、やはり比較的新しい宗教団体のようだ。もちろん母体は古くからあったのだろう。
道真は観音信仰が篤かったことなどから奉斎されたものという説明がある。そこにも興味深い記載があり多分に気になるところがあるのだがきりがないので止めておく。
さらに裏山には伊勢神宮外宮を鎮守として祀った番神社なもある。もちろん、由来書にあった道真の祖父が伊勢外宮の神職だったことからきている。
ここはいろいろ見所が多い。
空模様が崩れてきた。北へ向かい国道9号線に出て帰る。帰宅後、一転して曇り強風、風雨の荒れた天気となった。早めに帰って正解だった。
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