|
..五十六番、行者堂
観音堂で体力の回復を待ちながら地図を確認する。山道を歩けば五十六番へゆけるのは確かだ。宝生院から行者堂まで歩いてミニトレッキングのつもりだったが体力の消耗を過小評価していた。これ以上歩いて行くのはとても無理と判断した。
畦道を通りや住宅街を抜けて宝生院の駐車場まで帰ったが途中からは何故か来た道とは違った。帰り道のほうが明らかに短い。やはり迷っていたのだ。
どこまで行けるかわからないがバイクで行けるところまで行く。そこから歩く。歩くというより登る。里山にすぎないが現在の体力からは登山状態だ。後で思い出せば距離は多分100mほどだろう。しかし足が前に出てゆかない。それでも歩いていればいつかは着くものだ。
山腹の木々に囲まれた小さなお堂だ。神変大菩薩である役の行者が本尊なので行者堂という。
修験道の祖とされている役の行者を本尊としているお堂が札所になっているのは、小豆島の遍路道が修験道と大きく関わっていることを示しているような気がする。巡礼の札所で役の行者を本尊とするところはとても珍しい。山岳霊場のところで思いついた島四国八十八ヶ所成立の思いつきは結構真実に近いものかも知れない。
「全行程を歩く遍路にとって昔から結願の札所である。」
案内書の一文だ。
結願の札所を感じさせるものは何もない。ただ心の中でかみしめるだけだ。お遍路にとってはそれで十分なのだろう。
しかし、まだ一ヶ所打ち残している札所がある。そこが今回の自分にとっての結願になる予定だ。
夕日を眺めながらここまで無事に来れたことを感謝する。
|