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○第三十二番、補陀洛山、慈眼寺、観音院 (平成19年5月27日)
摩尼山(まに)を後にして来た道をバックする。ここまで来ていて鳥取(とっとり)の一番の名所、鳥取砂丘に寄らないというのは観光の王道を外すことになるが、全く足を伸ばす気はない。
砂丘はよく知っているので今は興味はないし、何よりこの暑さの中、砂丘を歩きたいとは思わないからだ。
再び鳥取市街に入る。国府(こくふ)から回って来ているので、実は、三十二番と三十三番は初めに打とうと思えば打てたのだ。しかし、さすがに最後くらいは順番通りにしたいと、敢えて通り過ぎてきた。
国道9号線から分かれた国道53号線は県庁前で直角に曲がるが、そのまま道なりに旧国道29号線を500mほど進むと、左手の山側にある樗谿神社(おおちだに)への交叉点がある。
樗谿神社は鳥取初代藩主、光仲(みつなか)が日光東照宮を勧請して建てた神社で、古くは因幡東照宮と呼ばれた。勧請した経緯はもちろん光仲の曽祖母が家康の娘にあたるからだ(第十一回、池田家墓所)。
藩主の氏寺のようなものなので明治になったときに一般の氏子がなかったため維持が大変だったらしい。隣接して整備された樗谿公園は今ではホタルの名所として市民に愛される場となっている。
樗谿公園への入り口のとなりの小さな交叉点に観音院案内板が立っている。入ってゆくと道が突き当たりになりそこに大きな寺があってと間違えそうになるが、札所はその隣だ。
桜並木の坂道の参道の奥に楼門が見える。趣のある風情だ。鳥取城のあった久松山(きゅうしょうざん)から続く山並みの麓の住宅街にひっそりと佇む様子はどこか雅な感じがする。元武家屋敷が立ち並ぶ場所だったからか。
境内は狭いがそれもかえって気持ちが良い。
残念ながら本尊は秘仏なので、代わりにといっては失礼だが庭園の拝観をお願いした。抹茶付きで600円。田舎にしては少々高い。
庫裏と一体となった書院の縁側に通された。眼前には広くはないが整えられた庭が迎えてくれる。国の名勝に指定されている庭ということだが、確かに美しい。
池を中心に配した池泉式庭園(ちせんしき)で山の斜面を利用しそのまま後ろの山並みを借景にしてあり、実際の広さより奥行きを感じさせる。背後の山から月の出を愛でれば風流なことこの上ない。一幅の絵画のようだ。
初代藩主の光仲が岡山から移封になったとき付き従ってきた僧が開いた寺だとされる。本尊の聖観音菩薩(しょうかんのん)は城のあった久松山の岩窟から見つかったもので、光仲は大変にこれを気に入って信仰したという。
以後、代々藩の祈願所となったらしいが、それが造園の動機の一つとなっているだろう。
池にぽつぽつと咲く蓮の花を眺めながら抹茶を頂き、のんびり庭を鑑賞する。まるで京都の寺にでもいるような気がしてくる。鳥取市内にこんなに落ち着く場所があったとは驚きだ。
縁側に座り吹いてくる風が気持ち良い。ただ一人ぽつんと座って雅な感じ楽しんでいたが、ぞろぞろと団体が入ってきた。どうやら摩尼寺から巡礼ツアーが追いついてきたようだ。
少々名残惜しいが、賑やかになってきたので退散する。
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