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○下山神社 (平成19年7月8日)
大神山神社(おおがみやま)の前を左に行くと下山神社(しもやま)がある。大山寺(だいせんじ)の中心から遠いが、それでも大神山神社は山陰の主要観光地なので見学者も三々五々やってくる。しかし、隣の神社に興味を持つ人は少ない。
下山神社は典型的な権現造(ごんげんつくり)で、建物が少し低いところに建っているため入り組んだ屋根の様子がよくわかる。権現造は拝殿と本殿を継ぐという特殊な構造をしているため屋根が複雑になり、別名、八棟造(やつむね)とも呼ばれる。「八」というのは正確な屋根の数ではなく多いということを意味する名前だ。
拝殿の右前に社務所が付いているのが少々邪魔だが、権現造の形を知るにはとてもいい社といえる。
社の前には狐の狛犬がいるのでお稲荷(いなり)さんかと思ってしまうが、正確にはそうではない。
下山善神である白狐が祀られている。祭神が白狐なのだ。
稲荷神というのは神仏習合の影響を強く受けているために難しいのだが、宇迦之御魂神(うかのみたま)、保食神(うけもち)、大気都比売(おおげつひめ)、御饌津神(みけつかみ)などと考えられているし、仏教では荼枳尼天(だきにてん)とされることが多い。
御饌津神が三狐神と書かれたり理解されたりしたことから稲荷神と狐が結びつき、狐が稲荷神の神使とされるようなったというのも一つの説だ。そのうちに一部では狐が稲荷神そのものと考えられるようになったが、本来はあくまでも狐は稲荷神のお使いだ。
また、密教では稲荷神とされた荼枳尼天は白狐の上に乗る姿で現されることからも稲荷神と狐が強く結びついた。しかし、こちらも狐と荼枳尼天は同体でない。
つまり、お稲荷さんといえば狐、狐といえばお稲荷さんを思い浮かべるほどだが、狐が神として稲荷社に祀られているのではないのだ。その点で、白狐を直接祀る下山神社は稲荷社とは少し違う。
由来によれば、美作国の渡辺源五郎照政(下山源五郎とも)は熱心な大山寺の信者で欠かすことなく大山詣でをしていた。ところが些細なことがもとで口論となり地元で殺されてしまう。信心篤かった彼を哀れんで大山寺の僧が大山の下山という地に小さな塚を作って供養した。その後、源五郎は大山寺の本尊大智明権現(だいちみょうごんげん)に救われて白狐になり、難渋する大山寺への旅人や僧を救うようになったとされる。
ある日、寺の住職とも村人ともされるが、夢に白狐が現れて、自分の祠を本堂の近くに移すように、そうすればもっと多くの大山寺に参拝する人や僧をいつまでも救い守れるだろうと、またそこの土中には黄金仏があるとも告げた。そこで、夢の中で告げられた利壽権現社(りじゅごんげん)の側の土中を探すと観音菩薩が姿を現したので、そこに新しい社殿を建て下山善神として祀ったのがこの下山神社であるとされる。
今回、いろいろ大山寺のことを調べていて初めてこの縁起を知った。実に興味深い話だ。大山寺は由来、縁起の宝庫でもある。
利壽権現社というのは、今日廻ってきた丸山神社の境内に移されていた、あの社の本社だ。今はなくなっているがこの近くにあったことがわかったが、それ以上に丸山神社に勧請された利壽権現が稲荷神社に代わっていた謎が一つ解けた気がした。
どうやら利壽権現社と下山神社は近くにあったため、いつしか両者が混同されていて利壽権現も稲荷神とみなされるようになっていたということだろう。
それにしても、個人が祀ってあるとは知らなかった。祀られているのは白狐となった渡辺源五郎だという。
しかし、狛犬が狐になっているようにいつの間にか稲荷神、稲荷神社と習合している。
この社には稲荷神との習合を示すものがもう一つある。
お稲荷さんを祀る稲荷神社には、よく社や祠の横や後ろの下の部分に小さな10-20cm程度の丸い穴が開けられている。そこは、稲荷神の使いである狐の出入り口なのだそうだ。
下山神社は社殿は本殿と拝殿を継いだ権現造だ。本殿と拝殿の間の継げた部分を石の間と呼ぶ。その石の間の地面近くの所にやはり小さな丸い穴が開いているのだ。これは狐穴と考えるしかない。完全にお稲荷さんと見なされている。
それとも白狐である下山善神は、眷属として狐を使いに用いているということなのだろうか。
下山神社は彩色はされていないが権現造の非常に凝った作りになっている。入り組んだ屋根の形は美しい。少し小さく詰め込まれすぎた印象もあるので、もう少し余裕を持たせてあると少し軽快な感じが加わってそのほうが好みだが、そういう欠点を差し引いてもなかなかいい建物だと思う。
じっと眺めなければさえない傷んだ社に見えるが華麗といってもいい社殿だ。
後ろを振り向くとやはり権現造の大神山神社の壮大な社殿の側面が聳える。しかし、バランスとしてはこちらは少々石の間が長すぎるのが欠点か。それが逆に重厚な印象を与えているといえないこともない。
大神山神社奥宮、下山神社、共に一長一短あるが立派な権現造が二棟並んで建っていることになる。
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