同行二輪

いつまでも若葉な中年ライダーの古社寺旧跡紀行

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「阿」 第十七番 峯寺

須我神社(すが)から県道24号線を松江方向に戻り、熊野大社から来た県道53号線の分岐を過ぎて、さらにそのまま西へ向かう。大東(だいとう)を通過して斐伊川(ひい)とぶつかる所が木次(きすき)の町だ。

次の峯寺(みね)は少々場所が分り難い。
木次の中心街から国道54号線で川を渡ると郊外型の大型店が並ぶ。里熊大橋から1km程の所に、県道26号線と国道314号線とが左右から交わる交叉点があるので、そこを県道26号線に入る。
県道はゆっくりと右にカーブするがそのまま進まずに、直進できる脇道があるのでそちらに入る。100m程でT字路となって道に突き当たるが、ここも直進できる細い道が山に向かい伸びているので、そのまま進む。山裾に立ち並ぶ民家の間に道が続く。車同士のすれ違いは苦労しそうだ。
そのまま高度を上げてゆくと、民家もなくなり山の中腹の本堂の下に到着する。

出雲国神仏霊場をスタートして、今まで訪問したことのない初めての霊場だ。全部で20の霊場があるが、そのほとんどは既に行ったことがあり、中には何度も足を運んだ場所も多い。そんな中で、数少ない未訪問地ということになる。

峯寺は弥山の中腹の森の中に静かに佇む落ち着いた寺だ。
御本尊は大日如来。自由に本堂に上がってお勤めができる
本堂裏には、小さいながらも良くまとめられた、主に刈り込みで構成された庭園があり、そこも「御自由にお入りください」とあり、来る者を拒まない開放的な寺だ。懐の深さを感じさせる。

納経所へ向かう。庫裏に屋根にパラボラアンテナがあるのが現代的だ。
縁側で住職と思われる老人と檀家の若衆と思われる人がのんびりと談笑しているのも、とても長閑だ。
朱印をお願いすると、頭を青々とそった若い僧が対応された。息子さんだろうか。この頭も気持ちの良いくらい見事に剃ってある。こちらのこころまで洗われるような気がしてくる。

田舎で開放的な寺は禅宗のことが多いので、てっきりここもそうだと勘違いしていたが、実は真言宗だった。
この寺の「阿」の文字は、明らかに阿吽の阿であり、阿字観の阿だ。それを考えると真言宗を間違えるはずはない。御本尊も大日如来だった。しかし、あまりに開放的な印象の寺のために、しばらく禅寺だと思っていたのだ。

阿吽というのは、梵字で阿は口を開いて最初に出す音、吽は口を閉じて出す最後の音とされて、そこからこの世界全ての始まりと終わりを表す言葉とされる。英語の"A to Z"や聖書の「わたしはアルファであり、オメガである」と似たような言葉だ。そのためか、梵字の一覧表で最初と最後の言葉だという説が流布しているが、それは違うようだ。

また「阿」は、胎蔵界大日如来の真言も意味する。真言宗では大日如来はこの世界、宇宙の真理であり、同時に真理とはこの世界そのものと考えられている。

簡単すぎてかなり間違っているが、この世界の最初であり、この宇宙全体である「阿」の梵字を見つめて、大宇宙と自ら個人とが同一であることを観じる瞑想法が阿字観で、真言宗で重要な修行法の一つとされる。

こんな静かな山寺なら瞑想に向いているだろうが、俗世の身としては傘がないのが気がかりで瞑想とは程遠い心境だ。前の須我神社から弱い夕立に遭ったり晴れたりを繰り返していて、ここでまた空模様が怪しくなっているのだ。しかし、ここまで来たからにはどうせ雨が降り出せば濡れずには帰れない。腰を落ち着けて境内や周辺を散策することにする。

本堂前の山道を更に進むと三十三観音の石仏が道端に並び、観音堂が現れる。ここもやはり扉は開かれていて、30cm位の小さな金色の聖観音観音菩薩坐像が安置されている。

観音堂の正面には両側に狛犬を伴った石段が下へ続いている。狛犬がいることから神仏習合の寺なのが明らかだ。一般に山岳寺院は神仏習合、特に修験道と関係していることが多く、ここも例外ではない。

出雲大峯修験根本道場と書かれた看板がある。寺伝では創建は修験道開祖の役行者(えんのぎょうじゃ)が修行した庵で、後に弘法大師が密教道場としたとされる。後で調べると盛期には全山42坊を構え、出雲大峯(おおみね)と呼ばれて近隣諸国の修験者を統括したとのことだ。
峯寺という名前自体が、「出雲の大峰山」を表わしていることにこの時は気がつかなかった。これ程わかりきったことに気がつかないとはうっかりに程がある。最近、現地で思い付かずに後で、そうかと気がつことがやたらと多いが、これは年のせいだろうか。

修験道とは山岳修行に仏教、特に密教と、神仙思想の道教、更に日本古来の神道や自然崇拝などが複雑に融合した特殊な宗教形態だ。開祖は役行者とされる。人里はなれた深山幽谷の山奥で険しい岩や崖などを巡りながら修行することを特徴とする。
修験道には羽黒山、白山、大山、彦山など幾つもの系統があるが、最大なのが吉野大峰山だ。そこでは吉野の金峰山寺(きんぷせん)と熊野の熊野大社の間、紀州山地の大峰山脈の峰々を走破する奥駆けと呼ばれる修行が行なわれる。役行者が始めた修行とされる。
熊野から入り吉野に終わるのを順峰(じゅんぷ)、反対に吉野から熊野へ抜けるのを逆峰(ぎゃくふ)と呼ぶ。順峰は天台系で聖護院が主導し本山派と呼ばれ、逆峰は真言宗系で醍醐寺三宝院が取り仕切って当山派と呼ばれた。吉野金峰山寺は真言宗だったので金峰山と真言宗はつながりが深く、ここの峯寺という名前は真言宗、修験道との関わりをよく表しているようだ。

観音堂からの参道を脇に下ると小さなお堂がある。行者堂らしい。宝形造りの小さなお堂で建物には特徴はない。お堂の前に八角形の基壇がある。修験道で護摩壇を築く場所だと思われる。周囲は瑞垣と鎖で囲ってあり結界だろう。もちろんその気になれば入ることはできるが、そんなことはしない。

観音堂の後ろにはお稲荷さん。その小さなお堂の後ろに洞になった巨木。御神木だろう。古い歴史を感じさせるものが目に付く。

参道はそのまま仁王門に向かい麓に続くようだ。案内板によると、遊歩道が幾つもあり、展望台や修行滝なども書いてある。
更に奥にはバンガローもあって、時間があれば修験道場の霊気ある幽遠な森を散策して、森林浴もできる気持ちの良い時間を過ごせる場所だ。

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