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「薬」 第七番 華蔵寺
次の霊場へは松江市内に戻って国道431号線を行くのが通常なのだろうが、市街地は走りにくい。土地鑑を利用して、佐太神社(さだ)近くから県道264号講武古江線(こうぶふるえ)に入り県道21号松江島根線を経由して国道431号線に戻った。距離的には遠くなるが、交通量はほとんどなく快適に走れる。
本庄(ほんじょう)で県道252号枕木線(まくらぎ)の九十九折の道を枕木山頂に向かってひた走る。この道を走るのは久しぶりだ。最後に来たのはひょっとするともう20年近く前かもしれない。いやそれ以上だろうか。記憶も曖昧なほど昔ということだ。
集落を過ぎると一気に高度が上がる。所々の道端の木々の切れ目から、眼下に中海(なかうみ)が青く光るのが見える。景色は良い。日が暮れると中海の隣の境港(さかいみなと)と遠くに米子(よなご)の街の灯が見られ、地元では隠れた夜景スポットとして知る人ぞ知る穴場だが残念ながら駐車展望所がない。路肩に停めて眺めることになる。
実際、本当に隠れた名所で、夜にこの道を登ってくる人はほとんどいない。車を停めていてもとがめられることはないだろうし、追突もされないだろう。ただ、街灯などの灯りが全くないので崖から転落しないように気を付ける必要がある。
枕木山頂にまで行けば駐車場があるのだが、そこは展望が全くない。星空を眺めるには良いが、いま一つ目的がよくわからない広場だ。
山頂駐車場よこから伸びる細い道がどうやら寺への道らしい。道の幅から何となく進入してはいけない気配がする。本当にこれで良いのかも不安が募る。特に道が下りだと不安は倍増する。バイクはバックが出来ないので、途中が行き止まりでUターン出来ない狭い道の場合は助けを呼ばないといけなくなるからだ。200kgを軽く越えるビッグバイクは坂道を押すことは出来ない。
500mほどで寺の横に着く。車も停められるのだが、何となく関係者以外はここまで来てはいけないようだ。途中は一車線で離合は出来ないので、通行が多くなれば困ること必至だ。
山頂駐車場までのかなり手前に参道入り口がある。そこから歩くのが一般参拝者の道のようだ。しかし、歩くとかなりの距離がある。
関係者用と思われる狭隘な道を車に出会わないように祈りながら進入するか、それとも長い坂道の参道を登るか、どちらもそれなりの覚悟が必要だ。
枕木山のほぼ頂上にある華蔵寺(けぞうじ)。ここも出雲国神仏霊場の中で初訪問の数少ない寺の一つだ。この後は残り三ヶ所だが、何度も訪れているので、新鮮さの点ではここが最後の霊場となる。
人里はなれた山の中で、アクセスも良くないからだろう、参拝者の姿は全くない。
本堂はあちらこちらの壁が剥落していて傷みがかなり激しい。木々に囲まれているので特別に風雨が激しいとは思えないので、山の上ということから雪が多いのかも知れない。いずれにせよ、修理が行き届かないようだ。
しかし、前庭は白砂が綺麗に掃き清められ清々しい。
本堂の横には開山堂があり、その隅に六角形の小さな厨子がある。中に何が祀られているのか不明だが、彫刻の意匠が凝らされているのが眼を引く。
本堂の前を通り過ぎてそのまま進むと、境内が想像以上に広いことに驚く。車道で登ってくると裏手から入ってしまうので小さな寺だと思ってしまったのだ。
古木に囲まれた静かな境内を散策していると、山寺や古寺という言葉が本当に相応しいことがわかる。木陰も涼しく癒しの空気に溢れている。
参道からの順路とは逆走する形で進むと、薬師堂が現れる。説明板があるがほとんど木の陰に隠れて読めない。
枕木薬師如来、秘仏のため拝観できない。平成13年5月3日から8日まで創開1200年ということで御開帳があったらしい。知っていれば訪問したのだが。
本堂の御本尊は釈迦如来らしいのだが、こちらの薬師如来のほうが有名になっている。
ここ、華蔵寺の出雲神仏霊場の一文字「薬」は、この薬師如来にちなんでいることは間違いない。神仏霊場が出来た時、薬師如来の一畑寺と重複して困っただろう。一畑は「医」、こちらは「薬」とわけられているのは上手な解決だ。
薬師堂は後ろが長く伸びていて、多分そこが本尊の安置場所だ。尾廊というより拝殿とその後ろの本殿を継いだような形に見える。寺院建築というより神社に近い。お堂の前に狛犬がいるので、神仏習合で神社様式で建てられたものを、明治以後に寺とするため改装したことが想像できる。
板彫りのように妙に平べったく、玉垣に隠れるようにいる狛犬が、かわいらしい。
薬師堂と反対側には展望台がある。標高456mの枕木山のほぼ頂上にあるため眺めは抜群だ。中海が一望出来る。今日は残念ながら大山は霞んでいて見えない。冬だと空気の透明度も高く、中海の向こうに雪をかぶった大山が聳える姿が美しそうだ。ただ、冬はここまで来るのが本当に大変だろう。
晴れた空のした、鏡のような波のない中海にポッカリと平らな大根島が、浮かんでいるように見える。
境内から出て参道をそのままバックする。200mほどで仁王門に到着。2mを超える仁王像は運慶作と伝わる。彩色はほとんど剥げて痛々しい。
何となく運慶にしては力強さが足りない気がする。傷みが激しいからそう感じるのかもしれない。
寺への戻る道で、参道から歩いて来た場合を仮想体験してみる。
仁王門をくぐると左手の斜面に石の不動明王が姿を現す。ここは松江城の鬼門にあたるため、城の守りとしてこれを建立したとされる。以後、歴代藩主の帰依は篤かった。
不動明王は石で組んである。石組みではなく本堂の壁の状態などを考えると長い年月で一つの巨石が割れたのかも知れない。お顔は少しユーモラスだ。規模は全然違うが、臼杵(うすき)の摩崖仏が思い出された。
更に、杉井の霊水がある。亀山天皇の病気平癒に御利益のあったとされる湧水だ。
水源がよくわからない。水は岩肌から滑り落ちている。ここから参道は最後の石段を残すだけになる。昔は山の麓から急な坂道を歩いて登って来た参拝者は、ここで寺への到着にほっと安堵したことだろう。そして、山頂なのに湧き出る不思議な水が喉を潤したはずだ。それはどれだけ甘露だったことか。京都、上醍醐の霊水と似ている。
飲むのは遠慮したが、水は冷たかった。
石段を登ると境内だ。イチイの巨木が迎えてくれる。ひょっとしたらキャラボクかも知れないが、どちらでもいい。
出雲神仏霊所を廻る地元の人はそれ程多くなく、かえって遠くから来られるほうが多いという。中には東京などからも来るらしい。そんな話を朱印所で聞いた。
古寺という言葉が本当に相応しく、どこを廻っても清々しい気持ちのする寺で、もっと知られても良い。灯台下暗しというか、近くの名所にはあまり行かないことが多い。
そういう自分自身も今回が初めてだ。今まで来てないことが少し恥ずかしかった。
機会さえあれば何度でも訪れたい寺だ。
ただ、アクセスが少し不便だ。
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