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○文化財点描(3) 俣野摩崖仏(再) (平成17年6月25日)
今年は梅雨といっても雨が降らない。既に真夏日が続いている。このまま夏になってしまいそうだ。四国、瀬戸内はもとよりここ山陰でも水不足が出始めていて工業用水、農業用水は取水制限が始まっているところもある。
そんな暑さの続く中、平成17年6月25日。俣野を再訪した。前に行った時は結局摩崖仏を確認できなかった。今回はどの程度のものか写真で既に確認済み。多分現地でも見つけ出すことが出来るだろう。
駐車場へのアクセスも経験があるためすんなりと到着。
相変わらず入り口には夏草が生い茂って行く手を遮っている。先の状態を知らなければ踏み込んで行くのはかなり勇気が必要だ。距離は数十mだったはずなのでカメラの三脚で草をかき分けながら進入する。その先は下草はなくなった。
道には相変わらず落ち葉が積もっていて足元は滑りやすい。ここを訪れる人はほぼ皆無と思われる様子も変わってない。
枯葉で滑りやすい。斜面から落ちないように注意して歩くこと数分で崖下に作られた展望台のある最終地点に到着した。ここに必ず摩崖仏はあるはずだ。前回と違い確信がある。
見当をつけて崖を見上げるとそこの岩に凹凸が並んでいる。事前に確認した写真とほぼ同じなのでそれが目的の摩崖仏に間違いない。
ここに舞台状に展望台が作られている理由がようやく理解できた。この台がなければ彫られた崖面が見えないのだ。
仏像は意外に小さく見えるが70-80cmはあるのかも知れない。なんとなく浮き彫りの同じような坐像がいくつも並んでいるように見えるが輪郭はきわめて不鮮明だ。本当に坐像かどうかもあやしい。頭部らしい部分の数が9個前後確認できるので多分九対阿弥陀だろう。それも6体よりは多そうだから六観音や六地蔵ではなさそうだと想像しただけにすぎない。
崖の接線方向に近い位置からしか見ることが出来ないため正確な形や大きさがつかめない。
しかし多分正面から眺めることが出来たとしても仏像と確認できないだろう。それ程磨耗していて、ほとんど岩の自然の凹凸と見分けがつかなくなってしまっている。前回はそのため人工物とは思わなかったのだ。
どうやって彫ったのか。下からは今見上げている舞台がなければ足場は組めない。一番簡単なのは上からロープで吊られて彫ってゆくことだ。多分そうしたのだろう。この一帯が巨石で囲まれていることから磐座として信仰した修行僧か修験者の作だろうか。
小さいとか仏像に見えないとか欠点ばかりだが製作の苦労は大変なものだったと想像される。
しかし、残念ながらこれでは旅行客は呼べない。観光案内はおろか文化財案内からもほぼ姿を消しているのも仕方のないことだ。遊歩道と観察のための張り出しがきちんと整備されているだけでも褒められるべきものだ。
ともあれようやく摩崖仏を確認できて心のもやもやも取れてすっきりした。
その後は県道をそのまま三平山まで軽快に登り下蚊屋から県道45号倉吉江府溝口線、通常大山環状道路へ出て桝水、大山寺と定番のツーリングコースを走破。
晴れているのだが全く見通しは利かない。まるで曇っているようだ。煙霧という事を翌日の新聞で知った。乾燥して土ぼこり、ちりなどで空気の透明度が下がり霧の様にかすむ現象らしい。いかに雨が降ってないかの証拠だろう。
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