同行二輪

いつまでも若葉な中年ライダーの古社寺旧跡紀行

小豆島八十八(修行)

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四番、古江庵

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○四番、古江庵

札所の案内はなくても「二十四の瞳、岬の分教場」への看板はしっかりある。
岬の分教場とその南にある二十四の瞳映画村は小豆島有数の観光地。ロードマップや観光地図がなくてもこのあたりまでくればいやでもたどり着けるようになっている。小豆島へやってきて立ち寄らない観光客はほとんどいないだろう。

どういう因果か今まで分教場と映画村は二度も訪れている。
今回は観光ではないので寄り道は避けようと思いわざわざ分教場への分かれ道を通過したのだが札所はそちらのほうにあったのだ。

県道28号線から県道249号線に入る。西に向かう田ノ浦岬への地方道だ。分教場へ向かう交差点を曲ってしばらくすると内海湾に面する波打ち際に庵が建っている。

夏休みには海水浴でにぎわいそうな白砂青松の美しい砂浜の海岸だが今は人の気配がない。真夏かと疑う様な残暑だがさすがにこの季節は海水浴には遅すぎるようだ。
人の姿のないのがかえって遍路にふさわしく思われる。海辺に色とりどりのパラソルが立ち並んで水着姿の海水浴客がいっぱいの時にここを訪れるとお遍路のほうが場違いな感じになりそうだ。そんな気にさせるほど空と海と明るい日差しに囲まれた開放的な場所に建っている。やはり遍路には少し眩しすぎる。

十番、西照庵

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○十番、西照庵

半島に点在する四番から六番を探して走る。もと来た道をマルキン醤油に向かって戻るが何か変だ。距離的にはそろそろ札所に着いてもよい頃だと思うのだがなかなか見つけられない。
道端に停車してきょろきょろ周囲を見渡し、振り向いたとたん反対車線に西照庵の看板があるのが目にとまった。
どうやら間違って十番に着いてしまったようだ。毎度のことだ。

西照庵は一見すると札所とは見えない。バス停の待合所かと思ってしまった。

目的の札所の場所をもう一度確認する。道を間違えていた。岬の分教場の方だった。

三番、観音寺

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○三番、観音寺

隼山へ登る途中で立ち寄ったのだがあいにくと法事の真っ最中だったので出直すことにして通り過ぎたのだが、山から戻ってきてもまだ本堂では読経が続いていた。

法事の途中に納経をお願いするのも心苦しいのでしばらくうろうろする。境内は海を望み見晴らしがよい。概して島のお寺は海辺より少し内陸に入った高台に建つので今日のように天気がいいと瀬戸内海が良く見渡せる。
境内をうろついてみたが時間を潰せるほど広いわけではない。数分ですることがなくなってしまった。どうしようか思案しているとどうやら参列者の移動が始まったようだ。よかった。ようやく法事の読経が終了したらしい。

もうお願いしてもいいだろうと思いブザーを押すとご婦人がやって来こられた。どう見ても喪服でお寺の奥さんというより何だか参列者の一人のようだが遺族が納経受付をすることがあるだろうか。

帰り際に山門の下で洞雲山で出会った老人と再会する。ポロシャツにスラックスで靴はスニーカー、一眼レフカメラと同行二人の納札入れを肩から下げるという姿。年は七十は越えているように見受けられる。どうやら一人旅のようだ。
「またお会いしましたなぁ。途中で表示にしたがったらホッソイ(細い)道に連れ込まれて往生しましたわ。こっちが本当の道やな。なんであんな道を通らせるのやろ。」
挨拶というより単に愚痴をこぼしているだけのように聞こえる。
「こっちの道を入って来ましたん?ふーん。」
そんなことをぼやかれてたって困る。それに、どう答えてよいのやら。返事のしようがない。

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○三番、観音寺奥の院、隼山

来た道を帰る山道でも対向車に一台も会うことなく再び向庵の側を通過し県道に戻ることができた。

坂手港に向かってしばらく走ると右手にマルキン醤油記念館が見えてくる。
以前に島を観光したときに入館した。醤油ともろみの香りの残る当時の蔵を利用して醤油造りの歴史が一目でわかるようになっている。入館料を取られるが醤油の小ビンをプレゼントされるので記念館としての利益は大丈夫かと心配した思い出がある。
このあたり「苗羽」と書いて「のうま」と読むらしい。こ地区は醤油工場や貯蔵蔵が集まり「醤の郷(ひしおのさと)」と呼ばれる観光PR地区になっている。
せんべいを食べたくなる香りでつつまれていた観音堂も、地名は「馬木」だがここ苗羽と接している。

島の東は南へ突き出すようになっている。その突き出た半島部分の西側の海岸線を南下している。そこにそびえている山を洞雲山と呼ぶらしい。札所の名前にもなっている。一番、二番とこれから向かう三番奥の院はこの山の中腹に位置している。

この洞雲山の部分を子羊(子牛?)に例えられる小豆島の後ろ足と思っていたがどうやらここから西に向かって伸びる田ノ浦岬が足らしい。しかし、前にも書いたが後ろ足の膝から何か飛び出しているようにしか見えないのは見方が間違っているのだろうか。

隼山への道は「マイクロバス通行可」だ。一番、二番への道は「中型バス通行可」だったことからその道幅が想像出来る。九十九折を文字通りよじ登って行く。カーブが急でマイクロバスは落ちるのでは、というのが率直な印象だ。その上に坂道の勾配もきつすぎる。

お寺には駐車場もあり仁王門もお堂も庫裏もあり伽藍も整っているがただ一つ欠けるところがある。人がいない。誰もいない。朱印をいただく寺ではないのでお遍路に支障はないのだが、立派なお寺が無人というのが少し寂しい。
境内からの眺めはすばらしい。鳴門、讃岐、淡路島を含む播磨灘が一望に出来るところから讃岐十景の一つとされる。さすがの景色と思うが、残りの九つがどこかは知らない。大体、瀬戸内海は国立公園に指定されていて島が多く風光明媚なところだ。眺望のよい場所に登れば島々と海の織り成す絶景がでも見られる。

お堂正面に二本の石柱に挟まれて石段が急勾配で下へ落ちるように続く。上から見下ろすと長い石段だろうと想像はつくが先へ続いているのかどうかさえよく分からない。夏草に覆われ放題だ。お堂のとの位置関係から考えると以前の参道なのは間違いない。車道が出来て誰も通う人がいなくなったのだ。
石柱のところに立ち下を見れば廃寺の参道のようだが後ろを振り向くときちんとした本堂が建っている。まるで何かの結界に立っているのような感じだ。

前の札所碁石山から洞雲山を通りここへ来る遍路道は1km足らずの眺めのいいハイキングコースとしてお勧めらしい。絶景と評判だ。しかし、歩いてきたらここからどうやって帰るのだろう。もちろん公共交通機関は全くない。

一番、洞雲山

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○一番、洞雲山

ここも案内書の地図と少々違うが一本道なので間違えようがない。碁石山から少し下って戻ったところに案内板があり、そこの道端に数台分の駐車スペースがある。
「ここら先は遊歩道につき車の進入を禁ず」
もし車を乗り入れた場合どのようなようなことになっても一切責任は持たないという内容の注意が続く。遊歩道への入り口に車止めはされてないが注意書きを破ってまで乗り入れるつもりはない。
道は舗装されているが片方は崖で反対は谷、道幅は本当に車一台分のみで警告にしたがっうのが賢明だ。歩いても百メートルほどで着く。

伽藍は杉の巨木に囲まれ重厚な雰囲気を漂わせる。周囲にお堂や庫裏らしき建物がいくつもある。観光客もいないし人里から離れていて静かで落ち着いたお寺だ。
何故にこんな山の中にこれほどのお寺を建てたのだろう。ごく自然に疑問が湧いてくる。
木陰となってそよぐ風が気持ちよく暑さでばてている体に少しだけ元気を取り戻してくれる。
断崖絶壁に開く巨大な岩の裂け目に櫓のような梁組みがありそこが本堂になる。堂内は岩山をくり抜いたと思うような洞窟だが多分自然のままなのだろう。

実はここは「夏至観音」として有名なお寺らしい。夏至の前後約50日間、午後三時頃に本堂を出て洞窟入り口右の崖に、差し込む太陽の光で観音像が現れるという。岩肌と日の光の作り出す陰影だがほんの一瞬のことだ。
「シャッターチャンスはわずか5秒ほどですが機会があればまたおいでください。」
寺守と思われる若者に案内書を手渡された。まさかいくら短いといっても5秒ということはなかろう。
この自然の芸術を見つけたのはお遍路さんだという。時間も見える場所も限られている上に夏至の頃は梅雨の季節と重なる。観音様が浮かび上がることも自然の偶然の産物なのだろうが、それ以上にその存在に気がつくことはさらに奇跡的だ。

ここは小豆島の一番札所だ。これは四国霊場との対応と思われる。四国八十八ヶ所は鳴門徳島の一番霊山寺をスタートして時計回りにぐるっと四国を一周して香川の大窪寺八十八番で終わる。小豆島にも札所を作ろうと考えたときに四国に見立てて島の東南に一番を配したのだろう。しかし、どうして不便な山の中に一番を持ってきたのだろうか。

小豆島は札所の番号の付け方が不思議だ。大まかには島を時計回りに順番に配置してある。それはいいのだが、番号の付け方が道なりに歩くと一番から順番にならないようになっている。六十五番光明庵と五十三番本覚寺のところでも感じたが札所の番号の付け方に規則性が乏しい。

ここから次の三番奥の院へは徒歩ならば遊歩道で山道を行ける。車は来た道をひたすらバックして戻り坂手港からまわらなければならない。
山の中腹に北から二番、一番とありさらに三番奥の院がありそのふもとに三番がある。徒歩で打つにも山道を登って二番から一番、三番奥の院、山を下って三番というのが自然の遍路道だ。どうやっても順願に廻るようになっていない。しかもこの一番、二番、三番、三番奥の院は当初より場所が大きく変わった様子もないため、当初よりこの場所にあったと思われる。どうやら島四国霊場が定まったときから札所番号を順番に廻ることを考えていないというのが結論になってしまう。

札所では番号順に打って行くのを順打ちという。番号順に打つことが無理ならここの霊場の正式な順打ちはどうなっているのか。
現在では霊場会発行のこの本の順番にしたがって打って行くのが正式な順打ちということになるのだろうか。
そうなると札所に付いている番号の意味がない気がする。いっそのこと巡拝案内書に紹介されている順路に則って札所の番号を振りなおしてはどうだろう。


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