同行二輪

いつまでも若葉な中年ライダーの古社寺旧跡紀行

中国観音霊場(第7回)

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多陀寺

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○第二十二番、亀甲山、多陀寺 (平成18年8月27日)

浜田(はまだ)の市街を過ぎて峠道を降る途中に看板を発見。案内にしたがって脇道へ入って行く。途中の合流や分岐ではわかりやすくその都度案内があるので間違えないで行ける。もし案内がなければかなり難しそうだ。

近くには民家もなく静かな里山に建っている。仁王門をくぐると境内は明るい。正面に巨木が聳えて訪問者を迎えてくれる。樹齢900年というクスノキらしい。

仁王門も本堂も屋根は瓦葺の姿が美しく石州瓦(せきしゅうがわら)の本場であることをうかがわせる。
本堂は自由に上がってよさそうなので入らせて頂く。本尊は秘仏なので小さなお前立ちが厨子の前に安置してある。前には真言宗らしく密教法具での荘厳。天上から沢山の灯篭が吊るしてあるのが印象的だ。

ここには流れ仏と呼ばれる木造天部形仏像59体が安置されているはずなのだが、何故か見かけることが出来なかった。本堂の隅に安置してあると読んだのだが。

本堂の裏には権現堂とよばれる三間社流造の社がある。
造りが流造なのを見るにつけ、ここがまだ石州、石見国で出雲国まで帰っていないことを改めて感じる。社が大社造でないのだ。出雲国、島根県東部ではほとんどが大社造で流造の社を見かけることは非常に少ない。

権現堂のまえにも巨木がある。これが説明に書いてあった、もと熊野権現を祀ってあったヒノキらしい。
どこでもそうだが、古社寺では境内や社叢の巨木、古木が、その歴史を示してくれる。ここも由緒ある寺であることがわかる。

本堂に向かって左の小高い場所に大師堂と四国霊場のお砂踏み場に弘法大師像、さらにその上に稲荷などがある。
四国八十八ヶ所にはいつ行けるかわからないためお砂踏みを一巡りさせてもらった。

この後は国道9号線に戻り走り続ける。出雲の手前、道の駅キララ多伎(たき)で小休憩。ここから先は土地鑑があるため帰ってきた懐かしさがひしひしと感じられる。
夕方までもう少しあるので時間的には出雲の札所も一ヶ所は打てそうだが体力的にも精神的にも限界だ。無理はせずに真っ直ぐ帰路につく。

それにしても疲れた。二日間で888km。疲労困憊の原因は暑さだけでなく今までで一般道のみの最長走行ということもある。何より無事に帰還できてありがたい。

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旧山陰道

○旧山陰道 (平成18年8月27日)

萩を出たあとは益田(ますだ)まで国道191号線を、その先は国道9号線をひたすら東北へ向かって走る。迷いようのない一本道。

途中道の駅、阿武町(あぶ)で早めの昼食をとる。温泉施設が隣接してある。ツーリング中に温泉に入るライダーも結構いるようだが、個人的にはどうも昼間から風呂に入る気になれない。暑さで汗だくなのでさっぱりするのもいいのだろうが、どうせすぐに同じになると思うと面倒くさいのだ。
それにしても温泉好きの人は多いようで、次々と客が施設に吸い込まれてい行く。盛況なようだ。

国道191号線は海沿いを緩やかに縫うように走る海岸道路。左側にコバルトブルーの海を眺めながら快走する。波も穏かで晴れ渡った空、海水浴がしたくなる。
別名、北長門コバルトラインと呼ばれるだけあって文句なしに美しく爽快なルートだ。

しかし、その絶景も益田まで。益田からの国道9号線は変化に乏しく単調となる。海に沿って走り、海岸から道が外れると小さな峠になり、港町に降りてまた海に近づくという繰り返しで毎回同じ風景に見えてしまう。
ずっと日本海側の海岸線を通る道なのだが、国道9号線からがいわゆる山陰道で国道191号線は実は北浦街道と呼ばれているように道の印象はかなり違う。ツーリングに気持ちいいのは北浦街道のほうだ。

向かっている次の札所、多陀寺(ただ)は中国観音霊場中最も札所間の離れた寺だ。一つだけぽつんと離れた場所に位置する。萩(はぎ)の観音院から108km、次の神門寺(かんど)まで88km、禅定寺(ぜんじょうじ)だと101kmで、南に一番近い三滝寺(みたき)は102kmと、ほぼどの札所からも100km離れている。距離の点では最も難所といえる。

現在の日曜巡礼の人にとっては多陀寺は一ヶ所だけを浜田自動車道を使って打つのが便利だろう。
高速道路を使わないで、今回のように萩から、あるいは逆に出雲からでも山陰海岸を走るならいっそのこと時間をたっぷり取って途中のんびりと寄り道でもしながら行くというのもお勧めだ。
益田では柿本人麻呂(かきのもとひとまろ)と雪舟(せっしゅう)ゆかりの見所がある。江津(ごうつ)では西日本最大級の水族館アクアスも楽しい。大田(おおだ)の手前の仁摩(にま)には鳴き砂の浜にサンドミュージアム、さらに寄り道すれば石見銀山(いわみぎんざん)があり、時間が許せば三瓶山(さんべさん)も捨てがたい。

こうして挙げてみれば見所一杯で、これではいくら時間があっても足りない。やはり観光は観光で別にしたほうがよさそうだ。

松陰神社

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○松陰神社 (平成18年8月27日)

萩市内を抜けるため国道191号線を走っていると松下村塾(しょうかそんじゅく)、松陰神社(しょういん)の案内板が目についた。
今日はこれから一般道を延々と走る予定なのであまり道草を食っている時間はない。それに初めての場所でもない。そのまま通過しようと思ったのだが国道から近すぎる。立ち寄るという誘惑に勝てず思わず入ってしまう。

さすがに指月公園(しづき)と並ぶ萩の観光名所。駐車場は自家用車の他に観光バスも一杯だ。ちらほらとツーリングライダーの姿も見られる。

境内を散策するが正直記憶の中の印象とずいぶん違う。もっと人が少なく閑静な境内に落ち着いた社殿が建っていた気がしていた。しかし、実際は多くの観光客の訪れる新しい観光施設といった感じだ。

よく考えればこれだけ有名な観光名所が閑散としているはずがない。神社も明治以後に建てられたものなので古い社叢などあるはずもない。
新しい本殿は特徴に乏しく古社寺趣味にとっては魅力にかける。昭和の再建らしい。綺麗に整備されているのだが歴史の重みの感じられないのは明治神宮など新しい神社の特徴ともいえる。

祀られているのは当然のこと吉田松陰(よしだしょういん)。
松陰といえば幕末に主宰していた松下村塾で多くの藩士に影響を与えた。その中から木戸孝允(きどこういん)、高杉晋作(しんさく)、久坂玄瑞(くさかげんずい)、伊藤博文、山県有朋(ありとも)など倒幕維新を推し進めた指導者が多く排出されていることで知られる。
間違いなく明治維新の功労者の一人なのだが、個人的にはそれほど好きな偉人ではない。単なる好みの問題に過ぎないが。

松陰は21歳で藩校の教授となるなど秀才だったようだが行動には多少疑問が残る。
嘉永6(1853)年6月、ペリーが浦賀に来航する。その黒船を見て幕藩体制が長くないと悟り海外の実情を知りたいと渡航を思い立つ。また、これからの国家のあり方などのを思索するようになるのなど頭の回転は鋭い。しかし、やることといったら無茶苦茶としか思えない。
まず長崎来航中のロシア艦に乗り込もうとしたが失敗。その後、日米和親条約締結で再びやって来たペリーの船に密航しようとして拒否され、しかも密航を自首して捕まる。
そして幕府が朝廷の許可なく日米修好通商条約を結ぶとこれに抗議、挙句は老中の間部詮勝(まなべあきかつ)の暗殺を企てる。
結局、危険思想の持ち主ということで投獄され、安政の大獄で死罪になる。

やってる事を見ると秀才に良くありがちな理想論での猪突猛進のような気がしてならない。老中暗殺計画などはその典型で「誰もやらねば俺がやる。」「俺がやれば後には皆がついて来る。」といった独りよがりの思い込みがあったとしか考えられない。
思想としては過激で泰平の世なら自滅するタイプの人物だ。しかし、時代は幕末動乱期であり血気盛んな理想に燃える若者たちのカリスマになったといったところか。皮肉すぎる見方かも知れないがそんな風にしか思えないのだ。

敷地内に松下村塾が移築されてある。松陰幽囚の旧宅やゆかりの品の展示館などもあり神社というより史跡公園といった様相を呈している。
ここが良くも悪くも萩の一大観光地であることは確かだ。

見たいものがそれほどなく、心配したほど道草できなかったため時間を意外に消費することなく出発。

観音院

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○第二十一番、潮音山、観音院 (平成18年8月27日)

萩駅から山陰本線に並行してさらに西へ向かい玉江駅を過ぎるとしばらくして道は古い住宅街の中に入り急に細くなる。生活道路なのだが車同士のすれ違いが出来ないところが多い。道の右に建つ住宅の向こうは河口の漁港でそこには川が流れ、反対の左の住宅の裏はもう山際の崖になっている。道路を広げる余地はない。

その左に迫った崖の上に張り付くように観音院がある。この近くに寺はこれしかないのだが寺号が道からは確認し難い。通りすがりのおばあさんに確認したのだが、石段を登る途中にアジサイで隠れた看板があった。

お堂は崖に張り付くよう高台の狭い土地に建てられているため、下からは城の石垣のように見える。境内の奥行きは建物でほぼ一杯一杯で庭と呼べるような空間は寺の前にはない。ここは山の中腹でさらに上にも崖が続いているのでこれ以上伽藍を広げることは不可能だ。
創建当初は下の民家あたりも境内の一部だったのだろうか。最初からこれだけの建物しかない寺院というのは想像しにくい。奥の院ような伽藍だけがあった場所なのかも知れないと思ったりしたが、何の根拠もない。

観音堂の濡れ縁に座って一休みする。目の前には萩の町並みが一望に出来、やや左には萩城址のある指月山(しづき)が正面に見えて美しい眺望が広がる。下が橋本川河口のためか吹き上げてくる風が気持ちいい。
川向こうから民家の上に眺められるこの寺の姿も美しい景観とのことだ。
中国三十三観音札所で最も境内の狭い寺だと思うが、小さいながらも気持ちのいい場所でなかなか侮れない。
しばらくボーっと座っていた。

大照院

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○第二十番、霊椿山、大照院 (平成18年8月27日)

秋吉台からは県道28号線を北上して国道191号線で萩市内に入る予定でそのルートを通っているつもりだったのだが、道が川沿いを走りはじめて間違いに気がつく。
どうやら県道32号線をそのまま走り国道262号線に入ったようだ。途中で阿武川沿いの自分の現在地を確認したが、幸に目的地へのアクセスはむしろ良かった。

そのままJR萩駅前を通過し1kmほど走って大照院(だいしょういん)に到着。

萩は大きな都市ではない。そのうえ萩駅は市街地からはずれている。田舎の風景の中に建つ寺だ。入山料は200円。
本堂を含め建物はかなり傷んでいるようだが、古びた感じがむしろ少し枯れて落ち着いた印象を与える。
本尊は准胝観音(じんていかんのん)ということだが厨子は閉じてあり拝顔することはできない。

境内左奥に毛利家の墓所がある。毛利藩主の墓は山口市の香山公園にもあったし功山寺にも毛利家墓所があった。いったい毛利家の菩提寺はどこなのだろう。
どうやらいくつかあるらしい。その内、功山寺にあるのは長府毛利家で藩主ではないようだ。
萩藩主毛利家墓所とされるのは萩市の旧天樹院墓所、大照院墓所、東光寺墓所と、山口市にある香山(こうざん)墓所の四ヵ所のことをいうらしい。

天樹院は現在は廃寺となっていて旧天樹院墓所と呼ばれ萩城址近くにある毛利輝元(てるもと)の墓所。
東光寺墓所は松陰神社(しょういん)近くにあり3、5、7、9、11代と奇数代の歴代藩主及び夫人の墓がある。
また山口市の香山公園内にあった香山墓所は13代藩主毛利敬親(たかちか)や夫人が葬られている。
そして、ここ大照院には初代藩主毛利秀就以下、2代、4代、6代、8代、10代、12代までの偶数代の藩主らが眠る。

墓所に足を踏み入れるとその光景に圧倒される。膨大な数の石灯籠が墓の前一面に整然と並んでいてまるで灯篭の海だ。その数603基とされる。少し小高いところから眺めるとまるで整列した軍隊のようで始皇帝陵の兵馬俑の映像が思い出させる。
灯篭は藩主の亡くなった後の殉死が禁じられたため臣下や関係者が献じたものだそうだ。

この光景ははじめてではなくかなり昔に萩観光をした際に眼にしたことがあるのだが、東光寺墓所にも同じような灯篭群があるはずで、どちらだったのか覚えてない。いずれにせよ改めて見てその壮観な景色にしばし感動する。

藩主の墓は五輪塔でその前に石の鳥居があるのが神仏習合を示していて興味深い。

墓所を右に進むと、そちらは老木で囲まれて鬱蒼としている。墓の前に巨大な藤(ふじ)のつるが垂れ下がりまるでジャングルの中の遺跡に迷い込んだようだ。
これは大照院の大藤として市の天然記念物に指定されている。

また左の区画にある墓石と灯篭群は苔むしていて非常に古い印象を与える。しかし、実際には左へ行くほど新しいものだ。日当たりとか水はけなどの影響なのだろうか。少し不思議だ。

境内に戻り、本堂裏の庭園を抜けて書院へ向かう。一室の障子が開いてその部屋の中に庭に向かって国の重要文化財赤童子立像が置かれている。庭の縁側からこっそりと仏壇のある部屋を覗き見しているようで少し妙な感じだ。全部の部屋が開けてあれば違うのだろうが、開いているのが一ヶ所というのがそういう気分にさせる。
赤童子というのは春日大明神(かすが)ともその中の天児屋根命(あめのこやね)の姿とも仏法を守る護法童子(ごほうどうじ)ともいわれているが他に例を見ない。本地仏というわけではなくむしろ逆で神が仏の姿で現れたとされるもののようだ。像としては仏像だが明らかに神仏混肴でどの様な経緯で生まれてきたものなのか興味はあるが全くわからない。

像は台座を含めても1m足らずだろう。顔は憤怒を表しているのだろうが少し困ったような表情にも見えてどこかユーモラスだ。興福寺の天燈鬼(てんとうき)竜燈鬼(りゅうとうき)を思い出す。あるいは薬師寺の四天王に踏まれている邪気にもどこか似ている。
向かって右には少し大きな毘沙門天立像が置かれていた。

庭に入った時すこし手入れが不足しているように思われたが、庭を見せるというより庭から赤童子を拝観させるために庭園を解放しているようだ。
観光客をいちいち書院にあげて赤童子拝観の対応するのは大変だということなのだろう。少し愛想がないシステムだが拝観を拒否されるよりよっぽど良い。これも人手をかけずに公開する一つの方法だと思った。

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